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zoom RSS 東大の「一流」教師養成プラン

<<   作成日時 : 2005/05/28 13:42   >>

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 日経新聞のインターネット版に、東大が「“超一流”の小中学校教員の養成を目指す大学院を新設し、教員養成に本格参入する。現職の教員、教育委員会の幹部クラスらを積極的に受け入れ、高度な専門知識を身に付けさせる。」という記事が出ていた。(5月28日)既に教員免許をもっていて、実力アップさせるための機関ということのようだが、続く「修了者が将来、教員養成専門職大学院の教員に就くこともねらう。」という部分を見ると、大学院生の就職対策という感じも見える。
 中教審が、大学院レベルでの教員養成を検討していることの先取りであるという。
 昔は教師は地域で最も学歴レベルが平均的に高い層で、その意味で親などに対してもある面優位にたつことができた。「先生の言うことは聞きなさい」ということは、単純に昔風の素朴な倫理観とは言えない。実際に教師は普通の地域住民より知的レベルが高いように思わせる「制度的土台」があった。もちろん、実際にはそうではない事例もたくさんあったろうが。
 しかし昨今は、教師は短大か4大卒だが、親の中には大学院卒が都会ではけっこうめずらしくない。そういう単純なレベルでも、教師の基礎資格を大学院に底上げすることは、意味があることだとは思う。もちろん、院卒でなければ教師になれないような閉鎖的な制度にすべきではないが。
 また、実際に教職についたけれども、現場でうまくいかず、うまくいかない点を補強したり、更に深い知識や技術を身につけるために、大学院で研修するような仕組みを拡大することも必要だろう。
 しかし、この記事がどの程度東大の意図を表しているのかわからないが、記事を読む限り、何か勘違いしていないだろうかと思わざるをえない。小学校の先生にとって「超一流の先生」などという意識は、マイナスにはなっても、プラスにならないのではないか。
 先日聞いたはなしだが、同じ一流とされる大学の卒業生が小学校の先生になって、二人ともすぐに学級崩壊を起こしたという事例があったそうだ。もちろん、それは偶然かも知れないが、やはり、小学校や中学校の先生というのは、現在の感覚における「一流」であることとは、まったく別次元の優秀さが必要で、それは、子どもとコミュニケーションとれる能力、子どもに共感する感性である。「一流意識」は、それを妨げることが少なくないと思うのだ。もちろん、「一流」でも、子どもとコミュニケーションをとるのが上手だったり、子どもを共感的にみる人はいるだろう。しかし、その人は、自分ち 一流だなどと意識していないのではないか。
 計画段階から、本当に東大が「一流」意識を強調しているとしたら、多いに疑問である。

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