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zoom RSS 三上和夫『教育の経済』(春風社)を読む(2)

<<   作成日時 : 2005/09/07 23:36   >>

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 ふたつめの見出しは「家族をとりまく社会空間」となっており、ここで、「借家と持ち家」の関連を課題化しようとしている。ここでの叙述ではあまり明快ではないが、戦前は家族制度があって法的抑圧性があり、戦後経済家族になったという点、本来持ち家と借家はかなり異なるものであるのだが、戦後はローンを払い続ける持ち家と家賃を払い続ける借家の違いがあまりなくなり、こうした所有と負担の関係は、家族制度から二種の家、国家的学校制度から公立私立の二重システムへの移行と対応している、というのである。
 詳細は本論で分析されるとして、ここでの課題接待には、多少異論がある。
 ローンを払い続ける持ち家と家賃を払い続ける借家が似たようなものになってきたというのは、本当だろうか。もし本当なら、何故人々は自分の家を持ちたがるのか。確かに、持ち家にしてもローンを払い続ける必要があるが、それでもお金のある人たちは持ち家を志向しているのではないか。それに対して違わなければ、当然自分のものになる持ち家を多くの人が志向するはずだし、借家と持ち家の住居的条件はそれほど違わないはずであるが、統計的にはわからないが、経験的には、持ち家の方が貸家よりも相対的に余裕のある空間となっていることが多い。
 私がかつて住んでいた地域には公団の団地があったが、分譲と賃貸の二種があった。そして、分譲には大型・中型・小型の3種の大きさがあるが、賃貸には小型しかないのである。どこでもそうだというつもりは毛頭ないが、同じ団地内で分譲より賃貸の方が大型になっているというのは、少し考えにくい。そして、教育熱という点でいうと、明らかに分譲の家庭の方が熱心であった。
 また、持ち家と借家の関係を所有と負担の関係と理解すると、公立と私立の関係はどうなるのか、よくわからない。豊かさの関係でいえば、私立中学や一貫性の中学・高校に通う者と、大学での国立・私立との関係は、あまり対応関係にないといえる。
 私は1992年と2002年にそれぞれ1年ずつオランダに留学したのだが、この10年間に家族の雰囲気はかなり変わったように思われた。その理由は、オランダ政府が意図的に借家主体から持ち家主体へと政策転換したことであった。以前は安くよい借家がたくさんあったので、そこに若い人たちは入居していたのだが、政策的に持ち家政策を押し進め、若くても家を買いやすいようにしたために、共働きが増え、様々な生活形態が変化したのである。つまり、持ち家と借家はやはり、家族の生活形態をかなり変化させるものだという実感があった。したがって、日本でその差がなくなりつつあるというのは、実感としても、また理論的にもあまり納得できないものがある。
 しかし、教育の土台にある家庭について、借家と持ち家というあり方が影響を与えているという視角を提起したことは、極めて重要であろう。

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