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zoom RSS オランダの社会と文化 日本と比較しながら(6)

<<   作成日時 : 2006/05/31 22:01   >>

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引き続いて話題になるのは1981年のロッテルダム事件であり、ここでは被告は有罪になっている。いろいろな文献にあたったが、具体的な事件の内容は書かれていないため、詳細はまだ知ることができない。ただ、この事例は有罪であることが、「医師による安楽死の実行」ではなかったことが理由であり、その後の動向を左右した判決と言える。
ロッテルダムの裁判所は更に踏み込んだ「基準」を提示した。

1 患者側に耐えがたい苦痛がなければならない。
2 死への願望が意識のある人から発せられるものでなければならない。
3 安楽死の要請が自発的なものでなければならない。
4 患者は安楽死以外の手段を提示されなければならず、それを考慮する時間的余裕がなければならない。
5 患者の問題の合理的な解決手段が他にないことが必要である。
6 死が他人に不要な苦痛を課すものであってはならない。
7 一人以上の者が決定に関与していなければならない。
8 ただ医者だけが実際に安楽死を実行してもよい。
9 この決定をするに際しては最大限の注意が払われなければならない。(同書p32)

以上の基準に照らして、この事件では明確に8番に抵触するので違法とされ、有罪となったのだった。実際のところ、医者以外が安楽死を実行している事例は、私の知る限りほとんど調査されていない。しかし、日本では近年こそ、医者が実行した事例が問題となるが、以前は寝たきりの配偶者の看病に疲れたり、あるいは病人に強く頼まれて、配偶者が安楽死させる事例が、多く報道されていた。有名な「高瀬舟」も昔の小説であるが、兄弟の行為である。オランダにおいても、医者以外の者が実行する事例が存在しないとは思えない。しかし、この判決以後、安楽死は医者によって行われていくようになる。医者ならば罪に問われない可能性が高いからである。しかし、よくよく考えてみると、医者なら許されるが、医者以外なら許されないというのも微妙な問題を提起している。医者は患者を救う職業であって、殺す職業ではない。救う職業の者が殺した場合だけ、合法と認定されるのは、何故だろうか。

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