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zoom RSS 朝日社説について −−パトカー追跡時の事故の誤認事件に関して

<<   作成日時 : 2006/08/25 23:44   >>

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 8月25日付けの朝日の社説は、「ひき逃げ無罪 自由を奪われた10カ月」と題して、パトカーに追跡された乗用車が逃げる途中バイクの男性を跳ねて逃走し、真犯人の虚偽の証言によって誤認逮捕された人の無罪が確定したことに対して、警察の捜査に対する疑問を呈するものだった。警察の捜査の不備を指摘していることは正しいし、否認すると保釈も認めないやり方への批判も正しいが、しかし、全体としてこの事件の最も重大な問題を指摘していないという点で、朝日のこの社説はピンぼけしていると言わざるえない。
 何故警察が焦って、真犯人の虚偽証言を取り上げたのかといえば、たぶん警察の威信に関わる事件だと思ったからだろう。なぜ威信に関わるのかといえば、パトカーが追跡した車が事件を起こしたからだろう。
 そもそもこんな事件そのものが何故起きたのか。もちろん最も悪いのは交通違反をして逃げた車だ。しかし、逃げた車が事故を起こして、まったく関係のない他人が巻き添えになる事件が後を絶たない。パトカーに止められて逃げた車が事故を起こす可能性が極めて高いことは、誰にも容易に想像できる。そうすると、全く何の関係もない人が巻き添えで死亡した場合、誰が責任をとるのか。また責任をとれば済む問題なのか。
 このような事故のあと、警察は必ず、パトカーは正当な追跡をしていたのであって、問題はなかった、と見解を発表しているが、私はそう思わない。
 もともと、パトカーが追跡しなければ起きない事故なのだ。それでも交通違反者を見逃してしまうという意見があるかも知れない。しかし、止めるときに写真をとっておけば、ほとんどは済む問題である。これで済まないのは、盗難車の場合だけだ。盗難車であったとしても、明瞭に写真をとっておいたり、また、Nシステムを使用することで追跡可能なのではないか。
 写真等は微妙な問題を後にひき起こす危険があるという意見があるかも知れない。しかし、パトカーの制止を振り切って逃げるわけだから、その不利益は逃げた本人に負わせて構わないはずだ。
 おそらく、日本人の間にはパトカーの制止を聞かずに逃げたら追跡するのは当然という考えがあると思われる。しかし、これだけたくさんの無関係の人が巻き添えになって、死亡したり重症を追ったりする事故が頻発しているのに、当然といえるのだろうか。別の対策がないのなら仕方ないだろうが、別の対策はいくらでもあるし、ヨーロッパでは写真等で処理することが基本だと思う。私はヨーロッパに住んだことがあるが、一般道をパトカーがカーチェイスしているのを見たことがない。
 違反者を逃がしてしまうことのマイナスと、追跡によって違反者が無関係の人を死亡させてしまうマイナスと、どちらのマイナスが大きいのか、きちんと考えるべきだし、朝日新聞のようなメディアは当然のこととして、指摘する必要がある。あるいは指摘する勇気をもつ必要がある。

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