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zoom RSS オランダの社会と文化 日本と比較しながら(37)

<<   作成日時 : 2006/08/07 11:03   >>

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大学

 いよいよ大学だ。オランダの大学は外からみる限り日本の大学とそれほど違いはないかも知れない。大小の教室での講義があり演習がある。学生は18歳以上で大人として扱われ、教授は個室の研究室をもち、なんとなく偉そうに振る舞っている、等々。しかし、システムとしてはずいぶん違うように思われる。
 日本の高等教育は短大、大学、大学院そして高等専門学校の後期だが、オランダでは大学と高等専門学校の2種で、前述したように、高等専門学校といっても日本の通常の大学にあたり、実際にオランダの大学紹介で専門教育の大学として説明する本もある。
 ここでは学術的な学校とされるいわゆる「大学」について紹介していこう。大学は以前は6年制で、6年間学んで修士論文を提出することができたが、1982年の改正で4年で論文提出可能となり4年制大学のようになった。それにもかかわらず卒業生は修士号を与えられる。博士課程にあたるものはなく、修士を得て博士号(Ph.D)の取得をめざす者は指導教官の下で4年間研究をした後で博士論文を提出する。研究をしてはいるが、アシスタントティーチャーとして学生の指導にあたり給与がでるのが普通である。日本では助手に近いイメージだ。オランダの大学では博士号をもっていないと教授にはなれないので、このポストはけっこう競争が激しい。
 戦前までの大学は文字通り象牙の塔、一部の特権階級の教育組織だったといえる。しかし、60年代以降次第に高等教育が大衆化され、大学のエリート性は残っているものの、象牙の塔ではありえなくなった。社会の側からも学生の側からも以前とは異なる要請が突きつけられたのである。オランダの大学は、オランダ語でWetenshappelijk Onderwijs という。VWOは Voorbereidend Weteschappelijk Onderwis という。大学は「学問的教育」、VWOは「学問的教育への準備」が直訳である。ふたつの学校の連続性が言葉で明瞭に示されているが、また、社会に出て産業社会を支える人材を育成することは言葉からは想像できないだろう。事実、日本学科は60年代以前は毎年2〜3名の入学者しかなく、卒業生はほとんど例外なく日本学の研究者になったという。しかし、現在の入学者は100名近くになり、日本との経済交流の中で働きたいという意思をもった学生がほとんどである。つまり、学生にとって大学は、日本と同じように社会に出るステップとなった。
 他方卒業生を受けいれる社会の側からも、様々な注文が出されるようになった。経営者たちがさかんに学校はもっと労働者としての力を身につけるように教育をせよという要求を出すようになったわけである。実際に労働現場と学校の協力は職業学校だけではなく、インターンシップのような直接的協力が大学にも及んでいる。この点では日本の大学に近づいてきたといえる。
 しかし、現在の日本の大学が抱えている最大の問題は、実はオランダの大学は以前から抱えていた。それは志望者の多寡が大学の命運を左右するという点である。オランダの学校選択制度は生徒や学生の人数が基準となっており、基準を満たさなければ公費の廃止となり事実上の廃校を意味するが、大学でも基本的にそれは変わらない。もっとも大学は規模が大きいし、専門領域に分かれているから基本的には学科が単位であり、学科の応募が少ないと廃止になり、当然教授たちは失業してしまうことになる。私はライデン大学にいたとき、別の大学のインド哲学科が人数減で廃止になり、その学生たちがライデン大学に移ってくるという事件があった。小学校ですら廃校などは稀のようだから、大学でこのようなことが起きるのは本当に珍しいと思われるが、実際に起きているのである。
 このことが大学の「質と量」という二律背反的な問題をひき起こしている。中等学校の場合、中央試験という学校の教師以外が試験委員となる試験を実施することで、質の確保が担保されている。しかし、大学にはこのようなシステムは存在しない。大学の自己規律によってのみ質が確保されるわけである。大学は1年生とそれ以降は性質が異なり、1年生はまだ本格的な専門が始まっておらず、専門に関わってはいるが広く基礎的なことを学ぶことになっている。そして学年末の試験で合格して初めて、専門を学ぶ課程に進むことができる。日本学科でいえば、一年で日本語と日本社会の基本的な事項を学び、二年以後より深い教育になり四年で卒業論文を書くことになる。従って、一年と卒論という二度の質確保のためのチェックがあるのだが、外部から見ている限りこのチェックは「甘くなっている」と感じざるをえなかった。一年の試験で落第する学生はあまりおらず、卒論も首を傾げるような指導がなされていたことを実際に体験した。
 日本学科のある学生が卒業論文のテーマで悩んでいて相談されたことがある。日本でホットな問題になっていることをいくつか紹介し、気にいったテーマがあったので、それをもって指導教官に相談に行ったところ教官は否定的で、その理由が日本語の文献はたくさんあるが英語文献がほとんどないから無理ではないかということだったそうだ。世界に冠たるライデン大学の修士論文が、対象文化の言語による文献を読まずに書くことが前提となるような指導が行われていることに、かなりショックを受け若干あきれてしまった。もちろんその学生の日本語力なども不安だったのかも知れないし、時期が切迫していたという事情もあるかも知れない。しかし、質の確保という視点よりは学生の卒業が優先される指導であったことは否定できない。もちろん、多くの学生は極めて深く研究しており、特に外国研究をする学生は3〜6カ月程度実際に現地を訪れて研究をしてから卒業論文を書いている。そのためにあらゆるところに応募して奨学金をとってから短期留学する学生がほとんどで、さすがオランダ人と感心したことが何度もある。
 つまり学校選択による大学淘汰の論理が、質確保より量確保へと向かいがちな傾向があるということだが、しかしオランダの大学人がそれを見過ごしてきたわけではなく、ヨーロッパで最もはやく「自己評価」制度を自ら導入したのもオランダの大学だった。1980年代に国家管理が濃厚だった大学行政から、自立と自己責任の原則に転換しつつあったときに、大学関係者が自己評価制度を考えて導入したのである。淘汰的制度であることと、社会や学生からの要求の拡大という事態に、大学人が主体的に対応したわけである。90年代には日本の大学でもかなり導入されている学生による授業評価なども大きな論点になっていた。ただこうした自己評価の成果が現れるのはまだ先のことのように思われる。
 さてオランダの大学すべてで行われているかどうかは確信がないが、ライデン大学滞在中に珍しい行事を体験した。「教授就任講義」である。オランダ最古の大学ライデン大学の最古の講座のひとつ「ヘブライ学」の教授に日本人の村岡教授が就任したため行われた講義に参加することができたのである。ヨーロッパの大学教授だった人の著作には教授就任講義として行われた作品が散見される。マックス・ウェーバーの「国民国家と経済政策」(フライブルク大学)「職業としての学問」(ミュンヘン大学)などが有名であろう。
 当日は公示されるので公開であるが、やはり関係者が参加するようだ。こうした特別の催しが行われる講堂に、まず聴衆が席につく。やがて教授たちが黒いガウンをまとって行列を組んで現れ、左右の脇の席につく。そして、最後に新任教授が登場して、かなり高くなっている教壇から1時間程度の講義を行った。ガウンはこういうときのために絶対に必要な「制服」ともいうべきアイテムであって、けっこう値段がはり大変らしい。
 日本の大学には最終講義という習慣があり、自分の学問的歩みを語ることになっているが、この就任講義は自分の学問の柱を古株の教授たちの前で披瀝するわけで、決して気楽なものではない。学問の質を保持するために、日本でもこうした行事が必要ではないかと密かに感じている。
 最後に大学に関してひとつ付け加えておきたいことは、「国際性」である。もともとヨーロッパの古い大学はラテン語という共通の言語を介して、相互に学生や教授が行き来していた。だからヨーロッパ内部ではもともと国際的な存在だったのだが、今では更に拡大して、世界中から学生や教授がやってくる。教授言語は当然オランダ語が中心だが、オランダ語ができない外国人は英語やドイツ語で講義をしてもよいことになっているようだ。オランダの知識人は数カ国語できるのが普通だから、こうして国際的に開かれた大学にしておくことで、大学の研究教育を活性化させるのに有効に機能しているわけだ。私が世話になった日中外交史を専門とするラトケ教授は、世界からやってくる留学生相手に常に相手の言語で話をするという人だった。日本や中国はもちろん、韓国、ロシアも含めてなんでもこいというような人は、もちろんオランダでもかなり例外的な人だが、やはりオランダの大学の国際性を抜きには考えられないだろう。

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