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zoom RSS 教育再生か教育撲殺か(1)

<<   作成日時 : 2006/12/04 22:58   >>

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 読売新聞のインターネット版12月4日に、教育再生会議が、教育免許5年更新、試用3年を提案するような記事を掲載している。不適格教員の排除をするためだそうだ。
 「教育再生会議」は実は「教育撲殺会議」ではないかと思えてくるほどだ。
 今回の教育騒動は、それ自体重要な問題を含んでいるとしても、明らかに教育基本法の改訂のためのマスコミ動員だった。ますますその様相を強めている。
 いじめを利用し、教師にダメ教師のレッテルを貼り、気に入らない教師を排除できるような体制を着々とつくろうとしている。もともと、今回のいじめ騒動は、教育委員会や文部科学省や学校の管理職の問題であった。それがいじめの加害者の放逐(出席停止)やいじめを解決できないダメ教師の問題へとすり替えが進んでいる。

 しかし、少しまともに考えてみよう。
 もともと教師に不適格な人もいるだろう。しかし、それを採用したのは誰なのか。採用方法に問題はないのか。
 採用したときには適格だと思ったというなら、何故、不適格教員になってしまったのか。それは育てることができなかった、あるいは情熱をもった教師をつぶしてしまったということなのではないか。このような問題を抜きに、ダメな教師を攻撃し、追い出そうとすることこそ、最悪の権力によるいじめではないか。3年間の試用期間など聞いたこともない。「権力によるいじめ」こそ、教育現場にとって最もマイナスの要因になっていると言えるし、それを作り出したのが、今こうした会議を演出している人たちだろう。

 これから再び少しずつ今の事態について思うところを書いていこうと思う。

 さてまず最初に、教育再生会議が提起した「いじめの加害者を出席停止」という問題について考えてみよう。
 実は、「いじめの加害者」ではないが、学校の指導に従わない生徒を「事実上の出席停止」にすることは、学校現場では少なからず見受けられる事実なのである。様々な人たちから聞いたし、また、私自身それを実際に行っている学校管理者から「自慢げ」に聞かされたことがある。校門指導は少なからぬ学校で教師たちによって行われているが、その際に校則を守らない、特に服装が乱れている生徒を学校に入れず、そのまま帰宅させてしまうという指導がけっこう行われているのである。「出席停止」というのは、義務教育の場合、校長や教師の判断でできることではなく、教育委員会の決定を必要なのである。しかし、こうした校門での追い返しは、もちろん教育委員会の承認などを経てのことではない。残念ながら、そうした生徒は必ずしもその措置に反対ではなく、むしろ学校に行かなくて済むと表面的には喜んでいるかも知れない。だから行政的にはたいした問題にならずに済まされている。しかし、これは明らかに「教育を受ける権利の侵害」であり、処分としての適正な手続きを欠いている。だから「事実上の出席停止」と書いた。
 また、保健室登校なども「事実上の出席停止」的な要素をもつことがあるようだ。実際に保健室で生徒に教育的行為を行っていれば、保健室登校も意味があるかも知れないが、生徒が保健室で一人何もせずにいるだけの場合、それは体のいい出席停止というべきだろう。

 そんなきれいごと言っていられないというような答えもあるかも知れない。しかし、自分達が法律違反をやって、子どもに対して説得などできるのだろうか。

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