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zoom RSS 教育の再生か撲殺か(10)

<<   作成日時 : 2007/01/30 22:23   >>

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 教育基本法改正条文の検討とともに、教育再生会議の報告が出始めたので、それも検討しなければならない。まずは、一次報告から。
 具体的な取り組みとされている点を考えていこう。
 まずは<教育内容の改革>の1として学力向上が取り上げられる。この報告全般的に言えることだが、要するに全体的な整合性など無視して、総花的にやることが書かれている。人間食べすぎればかえって健康を害するように、こんなことを押しつけられたら現場はどう考えても、いまでさえ過剰労働で苦しんでいるのに、ますますこなすことができないようになるだろう。
 まずやることは「ゆとり教育」を見直すことらしく、授業時数の10%増加ということになっている。「ゆとり」路線下、現場では少しもゆとりはもたらされることなく、かえって忙しくなり、しっかり教えることが難しくなったということは、前に指摘したが、この10%増加の点だけみても、この再生会議の議論がいかにいいかげんなものかわかる。
 授業時数を10%も増加させるとするなら、土曜の復活なのかと思いきや、「放課後子どもプラン」を利用して、ボランティアによる「土曜スクール」をやるのだそうだ。しかし、ちゃんと注釈がついていて、「放課後子どもプラン」というのは、参加自由だと書かれているから、10%の増加は平日の時間を増やすということとして理解できない。5日制になってから小学校でも6時間授業がほとんどになっているから、更に増やすには、7時間授業にしなければならないだろう。週4日くらい7時間授業をやって、土曜日は「自由参加」という名の強制補習をするということらしい。やるのはボランティアといいつつ、教師がまったく参加しなければ、不熱心な教師として非難されるのは目に見えている。
 今でも多くの教師は7時8時まで残って仕事をしているのが普通だ。決して時間ですぐ帰るなどというのは通常ではない。しかも、教師は法律で残業手当てがでないことが決められているから、まったくのただ働きだ。
 もちろん、今の時間数では算数や国語などをしっかりわかるように教えることは困難だということは、現場の教師もほとんどがそう思っている。では、もっとじっくり教えるのに、時間数を増やす以外にはないのだろうか。それはいくつかのやり方がある。しかし、簡単にコンセンサスはできない。そこで、総花的な案がでてきたのだろう。
 基礎学力のための授業以外に、たくさんの行事などがある。また、教科としても、基礎学力とは関係ない教科がたくさんある。体育や芸術関係の科目だ。そういうものを減らすことも可能だ。ヨーロッパの小学校などでは、音楽や美術などは通常週1時間しかない。もっとやりたいひとは、家庭やプライベートレッスンでやればよいと考えている。また、ヨーロッパの学校では日本のように行事が多くない。運動会なども授業をつぶして練習するようなことはほとんどない。
 ヨーロッパのやり方がいいとは簡単にはいえないが、ひとつの方策ではある。
 もともと時間には限りがあるのだから、今あるものをなにも捨てずに、授業数を増やすだけで対応したら、現場の教師は疲労ずるだけだ。
 また、負担を減らすためというより、より効果的ということで提起されているのだろうが、算数や理科については専科教員を増やすとある。これは明らかに逆だろう。算数や理科こそ、担任の教師がしっかり教えるようにする。余計な負担を減らすためには、音楽や体育や美術のような特別な才能を必要とする科目を専科にするべきなのだ。もともと、小学校の教師が芸術科目や体育を含めて全教科教えることは無理があるのだ。基本教科を教えるのはほとんど世界共通なのだし、算数や理科を教えられない人は通常の教師として採用すべきではない。学力を向上させるためならば、基本教科は全体を把握しながら教えることを基本にすべきであり、もともと体育や芸術科目はその専門の教職をとっている人たちはたくさんいるのだから、供給も十分に可能だし、また、ひとつの学校に属するのではなく複数の学校を担当するようにしてもいいが、算数や理科の専科の教師をそろえることは実際上難しいのである。小学校の教師志望の理系の学生はあまりいないのだ。
 「教育格差」を絶対しょうじさせない、ということが太字で書かれているのだから、算数や理科の専科をおくということを方針とするなら、全ての学校に置かねばならない。そんなことは夢物語である。
 「格差を生じさせない」などというのがまったく本心ではないのが、2番目の全国学力調査を提起していることでわかる。学力調査というのは、ほとんどの場合格差を助長するのであって、決してその逆ではない。また、歴史的になんどか繰り返されてきたが、そうしたやり方は凄惨な子どもの競争を助長して、教育現場を殺伐とした非教育的な雰囲気を作り出すことになる。

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