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zoom RSS 教育の再生か撲殺か(11)

<<   作成日時 : 2007/02/05 22:10   >>

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教育再生会議の第一次報告の2番目の柱はいじめ対策である。「学校を再生し、安心して学べる規律ある教室にする」という柱の下に、(1)いじめと校内暴力を絶対に許さない学校をめざし、いじめられている子供を全力で守る、(2)いじめている子供や暴力を振るう子供には厳しく対処、その行為の愚かさを認識させる、(3)暴力など反社会的行動を繰り返す子供に対する毅然たる指導、静かに学習できる感興の構築、という項目の提言をしている。既に、学習障害をめぐる表現で「謝罪」をせざるをえなかった軽率な文章があったことでも(ここでは省略)おそまつな内容であるが、これは見過ごすことができない間違った提言であり、以前から批判がでていたが、最近、この提言を正直に実施したことが、最悪の結果をもたらしたと考えざるをえない事件が起きた。

松戸の中学で、8人の生徒が集団暴行を行い、それを教師たちが個別に呼んで注意をしたという。そしてその後で飛び下り自殺したのだが、実は加害者である当人は以前にいじめを受けており、非常にまじめな生徒だったという。
つまり、いじめの加害者と被害者は明確に区別できず、常に交代する可能性があり、「加害者」に対して厳しく指導、などということが、実際には難しいという批判が既にあった。
中学の教師たちは、教育再生会議の報告もあり、また、いじめの加害者に厳しくすべきという「世論」などもあり、厳しく指導しなければならないという気持ちがあったのだろう。しかし、その結果はどうだったのか。
教育再生会議のメンバーはこの事件をどのように見ているのだろうか。しかし、驚くことに、義家氏は、教師たちの対応を何か勘違いしているかのような言い方をメディアにしている。そうだろうか。教師たちは教育再生会議の報告に忠実にやろうとしたのではないか。これまでの報道を見る限り、自殺した生徒は暴行の加害者であったとしても、まわりの生徒、そして今回暴行を受けた生徒も、加害者を「いじめられたことがストレスになったのだろう」とかばうような発言をしている。

いじめは加害者も被害者も明確には区別できず、集団としての回復がなければいじめは解決できないのであって、「加害者に厳しく」などという対応では、問題の解決を遠ざけること危険性が大きいことは、この事件で明確になったのではないだろうか。
前にも指摘したように、問題をもった生徒に「事実上の出席停止」措置を学校が勝手にやっていることは少なくない。その結果学校内は静かになったとしても、実際に問題が解決されたわけではない。

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