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zoom RSS 大学教員の研修義務

<<   作成日時 : 2007/07/11 14:28   >>

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 9日の毎日新聞によると、大学教員の研修を義務付ける答申を中央教育審議会が答申したそうだ。11日現在、文部科学省のホームページにその答申は掲載されていないので、詳細は確認できないが、「一体どうやって効果的な研修が可能なのか」という、基本的な疑問を抱く。よほど文部科学省というところは、「義務」が好きなようだ。
 もちろん、大学の教員が、授業のやり方等について反省しなければならない点が多々あることは間違いない。
 しかし、大学の教育が教員の「研究」に基づいて行われていることを考えると、授業の改善のための研修は、誰がどのような観点から行うのかによっては、大学の教育基盤そのものを壊しかねないものである。
 朝日の別の記事の紹介で、大学当局が、「教員は教育に専念してくれ」という趣旨の発言を教員に言っているという。これは、研究などするなという文脈だが、大学の教育とは、基本的に研究を土台としており、研究のない教育は、高校までの教育でもそうだとは思うが、大学ではあってはならないことである。予備校から大学に来た学生が、予備校の授業の方がよかったということが多いが、予備校は、教える内容が決まっているから「教え方」に専念するだけのことで、予備校の教師が大学にきて、大学としてのよい授業ができるとは限らない。というより、多くはだめだろう。
 大学の教員は、授業について考えるとき、研究を通して、何を教えるかを考えているのであって、どのように教えるかはなかなか考えない。もちろん、考えるべきだというのは確かだ。
 しかし、「どのように」よりは、「何を」が重要であることは、大学教育の存続意義に関わることであろう。
 そして、大学教員は専門家集団だから、相互検討は必要であるが、最終的には当人の責任において教育内容を決めることになる。少なくともこの点を踏まえての「授業改善」でなければ、必ず、「研究はしなくてよい」というような管理姿勢が生まれ、そして、大学の教育の質そのものが低下していくことになる。
 
 もっとも、大学教育といっても、内容はかなりの程度決まっており、教え方が大切である分野・領域があることは、私も了解している。外国語の初歩や、技術的な内容などはそうだろう。そういう意味では、大学の授業の区分をもっときめ細かく行い、それぞれ、研究的要素と教育的要素のバランスの取り方を合理的なものにしていくことが必要なのかも知れない。

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中教審:大学教員の研修義務付け答申 伊吹文科相に
 中央教育審議会(山崎正和会長)は9日、大学教員の授業内容や方法の改善を図るため、教員向けの組織的な研修を各大学に義務付けるよう伊吹文明文部科学相に答申した。文科省は近く大学設置基準など関係省令を改正し、来年4月から施行する。

 大学教員向けの組織的研修は「ファカルティー・ディベロップメント」(FD)と呼ばれ、すでに大学院では義務化。学部レベルでは全国国公私立大の約8割が実施している(文科省の05年度調査)。同省は「FDの中身が重要だ。実施するだけでなく教育内容の実際の改善につながるものにしてもらいたい」と説明する。

 中教審答申にはこの他、授業内容や成績評価方法などを示した授業計画(シラバス)の作成や公表の義務化なども盛り込まれている。【高山純二】

毎日新聞 2007年7月9日 19時51分

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