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zoom RSS 学校選択についての中川氏(朝日新聞)の論について

<<   作成日時 : 2007/07/17 23:15   >>

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 2007年7月16日の朝日新聞の「私の視点」に、国民教育文化総合研究所の中川登志男氏の「学校選択制 公平な学校間競争は不可能」と題する文章が出ている。非常に興味深い文章であるが、賛成できる部分とできない部分がある。
 中川氏は、教育再生会議の第二次報告が、「学校選択制を広げる」という提言をしたことを意識して書かれているが、明らかに足立区の学力テストを巡る不正をも念頭においていると思われる。氏の趣旨は、都市で行われている学校選択制は、校舎の新しさ、伝統校であること、交通の便などの「教師の努力によって」もたらされることではない要素によって、人気の多寡が決まり、公平な学校間競争は不可能であるというものである。それはおそらく事実だろう。そして、結論として「学校間競争による書く学校の質の底上げを狙う学校選択制は、教育改革や学校改革の方策としては机上の空論に近いものがある」とする。
 この結論もまた正しいと思われる。しかし、だから学校選択制が間違いなのかというと、私はそうは思わない。私の理解では、歴史的に昔からあった学校選択の制度は、もともと「学校間競争による学校の質の底上げ」を意図したものではない。それはせいぜい1980年代から始まったイギリスやアメリカの新自由主義に基づく学校選択制度である。学校選択制度というのは、もっと前から、ヨーロッパの各地で実施されているものである。それは、教育に対する親の要求は多様であるから、一律の学校で満たすことはできないのであり、学校の特色を認めつつ、特色ある学校を選択できるようにするというのが、その趣旨である。ヨーロッパの少なくない国では、公立学校にもかなりの教育の自由を認めているから、日本では「私立学校の自由」(選択の自由を含む)として考えられていることが、公立学校で実現している国も少なくないのである。だから、本来学校選択制度は、「競争原理」とは逆の、競争などではなく、自由な教育の是認だったのである。そういう学校選択制度をとっている国は今でももちろん存在する。
 ところで中川氏のような論者は、選択が公平でないことを理由に学校選択制度に対して否定的なのであるが、しかし、校舎・設備等の不公平や交通の便や伝統校(にはたいてい優秀とされる教員が配置されている)等の「不公平」を、学校を選択への反対理由とするのだろうか。そういう不公平があるにもかかわらず、地域的な条件でその不公平を強制されることは、っと「不公平」ではないのだろうか。学校選択制度が実施されていれば、それでも、よりよい条件の学校に、トライすることは誰にでもできる。そういう意味では、不公平を是正する仕組みとして、不十分であることは間違いないが、ある程度機能する仕組みであることは確かだ。
 学力の差が拡大するというが、学力が低い生徒が、高いとされる学校に応募でき、そこに通うことができるのが学校選択制度だ。そこが「入試選抜制度」とは原則的に異なるところである。高い学力の学校に、低い学力の生徒が応募しないとしたら、それは高い学力を自己の教育的要求にしていないからかも知れない。学校選択制度が必ずしも学力格差を拡大するわけではないことは、その制度の意味から明らかではないだろうか。
 学校選択制度の下での親や生徒の、選択行動様式は、もっと丁寧な検証が必要なのではないだろうか。

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