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<<   作成日時 : 2007/08/15 23:26   >>

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 安倍首相は、インドで東京裁判で判事をつとめたパル判事の遺族に今月下旬に会うのだそうだ。東京裁判の不当性を主張している人たちは、一様にパル判事を持ち上げるが、いつも疑問に思うのは、そうした人たちはパル判決を読んだことがあるのだろうかという点だ。幸い、パル判決は全文が翻訳されて、今でも出版されており、本棚に並んでいることも珍しくない売れ筋の本なのだろうから、売れているのだろう。しかし、非常に厚い本で、長編小説なみだから、読むのは大変だ。私もけっこう時間がかかった記憶がある。
 もちろん、こんな厚い本を読む人は少ないだろうという意味ではない。東京裁判否定派の諸氏がパル判決の日本無罪論をもちだすその論の粗雑さから、読んでないと感じるだけである。
 そもそも、パル判事の考えは、「法的に罰する規定がない」から無罪だといっているすぎず、日本がやった戦争行為に「罪がない」といっているわけではない。むしろ、日本が行った行為については、極めて厳しい批判を示している。だから、パル判決を日本が無罪だといわんばかりの論理で持ち出すのは、ナンセンスであるし、パル判決を読んでもいないだろうと思わざるをえないのである。
 では、パル判決は法的には正しいのかという問題がある。
 国際法における戦争規定というのは、もともと戦争状態では法による規制がなくなるという前提の下に、国際的な合意において特定の規制を決めてきたものである。従って、パル判決がいうように、A級戦犯を裁く規定がないというのならば、勝った側の自由という無規制の原則の適応ということにならざるをえない。従って、戦犯(と戦勝国が考える人)の処刑も自由ということになるにすぎない。つまり、裁判で有罪などということがおかしいのであって、勝ったから敗者を自由に扱うことになるだけのことだ。
 もちろん、私自身は、パル判決は間違っていると思っているが、それは、裁く法規が存在しないという認識が間違っていると思うからである。もともと、国際法は単一の権力を保持する国際機関が存在するわけではないから、もともとあいまいな部分がある。しかし、戦争を起こした者を訴追しようとした動きは、ニュルンベルク裁判や東京裁判が最初ではないし、戦争の特定の行為を禁止した国際条約は多数あったのだから、それに則って裁くことは、決して「事後法による裁判」とはいえない。
 いずれにせよ、パル判決をもって、東京裁判の不当性を述べたり、また、A級戦犯の無罪を主張したりすることは、日本を醜く見せるだけだろう。

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コメント(9件)

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 あなたの事後法の認識はまちがえていると思う。事後法で裁いた裁判がいけないというのではなくて、ニュールンベルグ裁判も東京裁判も、事後になって裁判憲章を制定した、その憲章の制定過程が事後法の疑いが濃いということだ。あなたのいうとおり、戦前から存在した国際法に従って、裁判が開かれていれば、パール判決は生まれなかったのだろうが、ニュールンベルグでは人道犯罪は裁けなかっただろうし、東京では侵略戦争は認定できなかったと思う。
 不戦条約の欠陥は侵略の定義なんだが、だからこそ、そこをクリアするために事後法で平和への罪を事後立法する必要があったのだと思う。
罵愚
2007/08/16 05:53
コメントありがとうございます。ただ、おっしゃっている意味がよくわかりません。「事後法で裁いた裁判がいけないというのではなく」と書かれていますが、事後法で裁くのはよくないんじゃないですか?私が書いた事後法関係は、既に存在した国際法でもかなりの部分が裁けたということであって、東京裁判は確かにおっしゃるとおり、「人道への罪」なる新しい概念で裁いたわけですから、その点については、否定的です。そもそも人道への罪という概念そのものが不要ではないでしょうか。現在でも。「大量殺害を指示した」という具体的行為での概念化をすべきであって、抽象的な概念を罪の定義とするのは恣意的な運用の危険がありますから。「平和への罪」というのも同様だと思います。
 念のためですが、上記文章は、あくまでもパル判決を「全体としての日本無罪論」として紹介することは、パル判決の主張とは全く違うということです。法的には日本を有罪とすることはできないが、日本のやったことは断罪されるべきだというのが、パル判決の趣旨であるということですので、お間違えのないように。
wakei
2007/08/16 22:32
 あの番組のなかでは、イギリス代表のパトリックとの意見対立がとりあげられていたでしょう。憲章を前提に、パトリックは裁判官の職をこなそうという。裁判憲章への批判をパールはしている。そのちがいです。
罵愚
2007/08/17 11:00
すみません、私はその番組をみていませんので、それでどうもすれ違っていたようです。
wakei
2007/08/19 22:42
 あぁ、なるほど。わたしの早とちりでした。失礼いたしました。
罵愚
2007/08/20 04:35
>そもそも、パル判事の考えは、「法的に罰する規定が
>ない」から無罪だといっているすぎず、日本がやった
>戦争行為に「罪がない」といっているわけではない。
>むしろ、日本が行った行為については、極めて厳しい
>批判を示している。だから、パル判決を日本が無罪だ
>といわんばかりの論理で持ち出すのは、ナンセンスで
>あるし、パル判決を読んでもいないだろうと思わざる
>をえないのである。

「日本がやった戦争行為に「罪がない」といっているわけではない」というような否定の否定を使って、
結局東京裁判の多数派である「日本有罪(実際には戦犯有罪)」判決を肯定する論法はよく見受けられる。

ここで考えてみるべきことは、東京裁判は元々連合国側の罪を裁くものではないという前提で行われていることである。
それに対してパル判事は日本の戦争犯罪が問われるならアメリカの原爆投下も罪に当るのではないかと示唆している。

(続く)
toshi
2008/01/19 22:53
このブログの著者は法の概念を述べておられるから、
紛争があるときは当事者のどちらがどれだけ悪かったから、それらを相殺して結果として判決としてはこの程度になるという考え方があることもわかっておられると思う。

その点でパル判事は客観的に考えて、
連合国、特に白人諸国が先に過酷な植民地支配を始めており、放っておけば自国も植民地化される可能性が充分あった日本が、先んずれば制すの戦略で欧米が狙っていたアジアを先に確保してしまおうとして起こしたのが日本の戦争であると認識して、
実際には双方に相当の責任があり、その片方の責任だけが罪に問われようとしているならそれは無罪であるという判決を書いたと考えるべきではないか。

インドも、日本のように欧米と戦う能力があれば、植民地化される前にイギリスと戦ったであろうし、その際に自国からイギリスを追い払ったとしても、隣国のビルマにイギリス軍がいれば、再度攻め込まれないようビルマの確保に走ったとしても、(その当時として)充分自衛の為と言える。

(続く)
toshi
2008/01/19 22:55
結論としては、日本も悪かったが、白人諸国も悪い、
更にどちらかといえば白人諸国のやったことの方が悪いのに、日本はやったこと以上に悪玉にされているというのが歴史に対する素直な見方ではないか。

それがパル判事の以下の言葉で表されている。
「時が、熱狂と偏見をやわらげた暁には、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、その時こそ、正義の女神は秤の平衡を保ちながら、過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう」

このブログの著者は他の記述を見ても真面目で立派な方とお見受けするが、
そのような方がこのパル判事の言葉をしっかり理解してくれたら、日本も日本の教育も再生すると思うんだがねえ。

(終わり)
toshi
2008/01/19 22:58
全文読んだ方がいらっしゃるようで・・・
>戦争を起こした者を訴追しようとした動きは、ニュルンベルク裁判や東京裁判が最初ではないし、戦争の特定の行為を禁止した国際条約は多数あったのだから、それに則って裁くことは、決して「事後法による裁判」とはいえない。

この指摘は非常に重要な話なのですが、どうしてもパル判事の擁護論はそれを理解していないようです。
ただ、私はあくまでも、未開な国際法の将来のために、パル判事は極論をしたと判断していますが・・・(私は、日本のパール判事の評価は誇張としか評価していません)
問題となるべき事後法に関しては、そもそも法の不遡及原則論を棄却することも可能でありましょう。
正直言えば、東京裁判よりも、戦後国内法廷で戦後総括できないことに問題があるようにおもえてなりませんが・・・(もっとも、当時の国内軍法の資料が抹消されているので、裁けない被告も相当いたでしょうが)
ちなみに、「勝った側の自由という無規制の原則の適応」という問題点を避ける意味での、戦後法廷の意味をどこまで日本人が精査できるのか?
という論題についても楽しみです。


冥王星
2008/08/24 10:55

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