教育と社会を考える

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zoom RSS 北欧の教育4

<<   作成日時 : 2007/10/23 22:01   >>

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 日本の教育は、戦後、特に高度成長以降は、ひたすら「競争主義」によって学力向上を促進しようとしてきたといえる。戦前や戦後直後は、一流校進学競争に参加する生徒は必ずしも多くはなかったし、また、学校での成績が今ほど大人世代によって重視されていなかったから、競争的な教育が普及していたわけではないだろう。
 高度成長以降の進学率の高まりと、人口の多さ、そして進学希望数をカバーできる程存在しない上級学校、こうした条件が重なって、「日本の青年の人生は18歳のある一日で決まってしまう」などという大げさな表現がされるほどの競争的性格を帯びていた。しかし、1970年に上のように書いたOECD報告書から30年、日本はOECDの実施するPISAの評価が低下し、学力が低下したという受け取りが広がり、学力テストの復活や学習指導要領でのゆとり教育の縮小などに走っている。
 しかし、北欧諸国がこれまでゆとり教育が行われ、競争的な教育が行われていなかったこととは、日本の今後の方向性を示す上で、非常に重要な意味をもっているのである。というのは、北欧諸国のゆとり教育の原因のひとつは、人口の少なさにあると考えられるからである。人口が少なく、また、人口密度が極めて低い国家で、競争的教育はおそらく実施不可能だろう。日本も少子化によって、高等学校が既に全入状態になって久しく、ついに大学まで全入時代に突入している。特に高いレベルを望まなければ、誰でも入学可能になった状況で、「勉強しないと試験に落ちる」という動機付けが機能しないことは明白である。
 足立区で「最下位ショック」から東京都の学力テストで不正が起きたといっても、不正に奔走したのは「校長」であって、一般教師や生徒たちではない。
 競争が動機付けにならない状況で、有効な教育という意味で、北欧の教育、特にPISAで一位となったフィンランドの教育は日本が最も参考にしなければならない対象だろう。
 福田誠治氏の分かりやすく、行き届いた研究でフィンランド教育の特質が、構成主義、つまり知識を獲得していくプロセスを学ぶことが、知的な好奇心を高め、勉強を喜びとする方法であり、格差をできるだけ作らない教育こそが、学力を全体として底上げする条件だということだろう。
 教師への統制を強め、習熟度別学級などの能力別教育を進め、学力テストを導入して競争を煽る傾向を強めている日本の学校は、教師の水準をあげ、教師や学校に任せ、習熟度別学級を廃止して、協同の学習形態を進めているフィンランドの教育と逆の方向に進んでいる。PISAショックでの改革を進めながら、どうして一位だったフィンランドと逆のことをやるのか。おそらく、今の教育政策を担っているひとたちのほとんどが、「競争的教育」の中の勝ち組なのだろう。だから、勝つ為の勉強しか思い浮かばないのかも知れない。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
拝見させていただいた内容が上辺の数字だけではないので、びっくりしました。
ぜひ、北欧の子供たちの、その後、、義務教育後の進学状況、また、その後の実情のご意見を伺いたいです。
教育は、その受けている期間だけではなく、老いるまで影響することとおもいます。
こんにちは
2007/12/07 18:12

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