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zoom RSS 桜の植林への疑問

<<   作成日時 : 2008/04/06 08:46   >>

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 桜の季節だ。我が家の前に公園があり、桜がきれいに咲いている。部屋から花見ができるので、桜の季節は居間が花見場になる。
 桜の季節は、日本中桜話題でいっぱいになるのだろう。ニュースでも「桜前線」は毎日報道され、それがおそらく2カ月は続くのだから。そして、最近大阪で大々的に桜を植えているというニュースがあった。
 ニュータウンが造成されると、桜を大量に植える例がたくさんあるが、ほんとうにそれはいいことなのだろうか。いろいろな面で疑問に思うことがある。
 以前住んでいた場所で、20分ほど歩いた地域が、桜祭りで有名なところだった。鉄道にそった道路2駅分、桜並木となっていて、毎年30万人ほどが訪れる。桜が満開の時期はほんとうにきれいなのだが、夏になると大変だ。
 20年ほど前までは、毛虫が大量に発生して、満開から葉桜になる時期に花びらが散るように、毛虫が散るのである。その道路は歩道も車道も毛虫だらけになり、絶えず毛虫が降ってくる状態になる。行きたくなければ行かなくて済む地域だったので、私自身は特段の被害は受けなかったが、そこに住んでいる人たちは大変だったろう。
 そのうち毛虫が見られなくなったが、それは毛虫を餌にする大量の鳥たちの出現だった。毛虫発生の時期になると、夕方ほんとうにおびただしい鳥の群れがやってきて、毛虫をとっていく。当然毛虫の雨はなくなったが、こんどは鳥の糞の雨が注がれるようになり、やはりその時期は近づきたくない状態だった。
 現在はほとんどそこに行かなくなったので、どうなっているかわからない。
 では、私の家の前の公園ではどうやっているかというと、毛虫が発生する時期の前に、市が委託した業者がやってきて、消毒薬を噴霧していく。だから毛虫も発生しないし、また鳥もやってことない。ただ、それがいいとは思わない。
 たぶん、桜が大量に植えられている場合、夏の状況はだいたいこの三つだろう。毛虫の発生か、鳥の毛虫取りか、消毒薬の散布。いずれにせよ、環境負荷要因だ。毛虫や鳥は自然が行なうものだから、人為的コストはかからないが、生活にとっては非常に大きな不便を強いられるから、好ましいと思う人はほとんどいないだろう。
 一方消毒薬を撒けば、そうした生活上の問題は解決されるが、消毒薬は微量とはいえ、毒物だし、人件費や材料費が相当かかっているはずである。
 そして、桜の美しさを鑑賞できるのは、わずか一週間だ。これは合理的な植林なのだろうか。これが私の疑問である。
 桜のように、毛虫が発生せず、従って環境負荷要因にならず、しかももっと長く美しい花を咲かせる木はたくさんあるのではなかろうか。
 環境負荷要因になるという以外に、桜をああまでも礼讃することについて、もうひとつ疑問がある。
 桜を国民的花として持ち上げる理由のひとつに、「散る美学」を強調したいという意識を感じるのである。咲いたらすぐ散ってしまう桜が日本人の感性にあうというのは、作られた意識ではないか、少なくとも、桜が純粋に花として美しいというレベルで、桜が扱われてきたわけではないことは、戦前の教科書が「サイタ、サイタ、サクラガサイタ」という文の学習から始まり、これは軍国主義的色彩が強くなるほど明瞭だったことにも現れていると思われる。美しい花なら、長く咲いていてほしいのが当然だし、また、幸福も長く続くことを望むのが自然だろう。何故、早くはかなく(?)散るのが美しいのか。そうした感情が自然のものであるとは思えないのだが、どうだろう。
 現在ある桜の木を切るべきだとは思わないが、これから地域起こしのために植えるなら、もっと合理的な選択があるのではないかと思う。

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