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zoom RSS 北海道での教員採用試験の不正

<<   作成日時 : 2008/04/07 09:40   >>

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 4月7日の朝日新聞に北海道の教員採用試験で、事前に面接内容が漏れていたという記事が出ている。教員採用試験は、「コネが通用する」と昔から言われていたから、何をいまさら、という気がしないでもないが、しかし、このような事例が漏れてくるというのは、ある面良識のある人たちが、発言しやすくなったということなのだろう。問題を漏らすということは、もちろん、許されないことだから、誰が漏らしたのか突き止め、厳重に対処してもらいたいものだ。
 そういう点はさておき、こうした問題が漏れたことも当然だが、問題の内容そのものも吟味されなければならないだろう。新聞報道によると
 
 「資料はこの「場面指導」について面接で割く時間を7分間とし、「遅刻を繰り返す児童生徒にどう指導するか」といった例を示している。
 「目の前に本人がいると思って教師になり切って」「1分間の考慮時間に入ってください」など面接官の具体的な言葉も記載。「児童生徒の状況を踏まえているか」「要点を明確にし、わかりやすく指導しているか」「原因追及や解決、改善に結びついているか」という三つの評価ポイントも示している。評価はA〜Eの5段階とし、A、C、Eを付ける場合の評価例も挙げている。 」(朝日新聞4/7)
 
 このような実践的な試験がほとんどの県で取り入れられるようになってきた。もちろん、ペーパー試験だけよりは、ずっと正確に教師としての資質を見られるだろうが、では、こういう試験で本当に適格者を見ることができるかは、相当疑問である。また、何を見ているのかも、実はあいまいで、かなり問題があると感じ場合もあった。
 
 何年か前のある県で、「指揮」という実技試験があった。課題曲が指定され、受験生はその曲の指揮のやり方を練習していったと思う。しかし、実際には、その試験は「指揮」の試験ではなく、「身体表現」の試験だったのである。もちろん、要項には「指揮(身体表現)」とあったらしいのだが、何の説明もなければ、指揮を通して身体表現を見るのだろう、指揮が重点だと思うだろう。しかし、指揮をした受験生はほとんど落ち、指揮など無視して、身体表現に徹した受験生が合格した。少なくとも、私の勤務する大学では例外がなかったという。この場合、かなりの人数が一緒にやっているのだから、身体表現の質を見るのではなく、とにかく、指揮をするか、身体表現かだけをチェックしていたのではないかと疑念をもってしまう。
 
 それはさておき、この「場面指導」というものだ。私もこうした試験を想定した指導をやっているが、はっきり言って、それなりの適性は見ることができるが、かなり中途半端で誤解しやすい面ももっていると考えている。もちろん、自分で採点する立場になったことはないから、想像するだけだが。
 
 一人芝居をするわけだから、表現が大げさである受験生が有利になるのではないか。また、相手がいる場合でも、面接官か受験生が相手だから、実際の子どもとは反応が異なる。大切なのは、場面指導をしなければならないような実際の子どもへの指導なのだから、面接官や教師志望の受験生を相手に上手に振る舞うのと、子どもの心に適切に対応できるのとは、異なるはずである。もちろん、実際の試験官である校長などは、そうした側面もちゃんと見るというのかも知れないが、私はそのようなことは、あまり信用できない。
 
 実際の事例として、特別支援学級の補助を採用する面接をした管理職が、本人自身がアスペルガーであると自覚し、人との関係をうまくとれずに、いろいろなバイトを渡り歩いてきた人を採用したことがあるのを知っているからだ。もちろん、その人は、ごくわずかな時期を経て、やはり子どもとうまくやれないだけではなく、保護者や教師たちからの不安があり、辞めることになったのだが。そういう人が、面接試験官を務めている可能性があるのだから、「信用」せよというのが無理というものだろう。
 
 ではどうすれば、いいのか。そもそも実技試験を、日常的に実践をしているわけではない管理職が試験官を務め、一人芝居あるいは大人を相手にやった「模擬指導」「模擬授業」を評価するというやり方自体に無理がある。だから、そういう指導は、実際に子どもを相手にすること、そして、現場の教師や保護者等を試験官を構成する一員に加えることである。実際にヨーロッパの多くの国はそうしていると思う。
 その方が確実に教師の適格者を選抜することができるだろう。
 
 日本の教育行政というのは、徹底的に「上級職重視」である。しかし、文部科学省統計では、数年間日本ではいじめによる自殺がなかった、というような統計がどうどうと公表されていたことを見れば、こうした「上級職重視」がどんな結果をもたらすかわかる。
 


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内 容 ニックネーム/日時
困難校に勤め、クラブ活動にも、学級経営にも絶大な信頼を得ているY講師が採用試験の場面指導の時に、こう思ったそうだ。 まず、携帯を持ってきた生徒をどう指導するか、不要物を持ってきた生徒をどう指導するかの場面指導だったそうだが、その指導を他の受験生がしているのを見て、聞いて、「あほらしくなった」と言っていた。
 理由は、指導が「規則だからだめだよ」とかしかもほとんど普通の声で説明的に行い、説教しているからだったという。
 彼は受験生たちは考えが甘すぎるという。今どき、「規則だからやめなさいね」で辞める中学生はほとんどいない。それで辞めるのはよほどお坊ちゃま学校だと言う。その通りだと思った。まず、きちんと聞いているのか疑問だ。
 困難校では、社会のルールでもいとも簡単に日常的に破られているのに、どうして、学校の規則だからやめましょうね、で済むのかと、私も思う。もし試験官がそれで合格させたら、その人たちは、その県の学習院とまではいかずともそれに近い学校に赴任させてあげてください。それと、どこかで聞いたことのあるマニュアル通りの場面指導例をつらつらと言う受験生もいたと言うが、自分がいつも体を張って指導してきたことを思うと吐き気がしてきたと彼は言う。

少なくともマニュアル教師は私の現場にはいりません。お断りです。
Y講師の合格は10月上旬、彼が正教員としてわが県に採用されるかどうか、これもある意味試験官の人を観る力次第と思う。けして本校に採用試験対策用の無駄な知識をばっちり暗記してきた人間だけは来ないでほしい。少々あらくたでもいい、人間味あふれる奴が来てほしいものだ。本当に助かるからだ。
公立学校の真実
2009/09/11 01:10

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