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zoom RSS 青山学院大学准教授のブログ

<<   作成日時 : 2008/04/27 21:38   >>

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 産経新聞に青山学院大学の学長のお詫びというのが載るまで、うつかにもこの出来事を知らなかったのだが、ずいぶんと妙なお詫びなので、お詫び原文を早速見てみた。また、その原因となった准教授のブログというのも見たいと思ったが、最初にパスワードを求められので、こういうのはパスすることにして、どこかに引用がないか探すと、やはりあった。
 そこに行くつくまでに、このブログと准教授を罵倒するブログが膨大にでていたので、本当にそこで批判されているような内容が書かれていたのか、怪訝に思っていた。つまり、赤ちゃんは殺害しても0.5人分というような書き込みがあるかのような批判だった。また、被害者を冒涜しているというようなニュアンスも相当あった。
 
 しかし、こうした罵倒的批判を冷静に批判しているブログが、元の文章を引用していたので、やっと准教授が何を書いたのか、知ったのだった。今でもこの文章は削除されていないようだし、また、非難によると、別のたくさんの「酷い」文章が並んでいるらしいが、それらは確認していないのでコメントできない。
 さて、原文は以下のようだ。

−−−
光市母子殺害事件と死刑廃止論
 繰り返すが私は死刑廃止論者ではない。麻原なんかさっさと首絞めたらいいと思っている。だが、光市の事件に関しては死刑は重すぎるように思えてならない。犯人が少年だからだ。
 私は少年に対する死刑には原則反対だ。理由は日本では18歳になっても選挙権がないから。選挙権もないのに、義務だけあるのは気に入らない。年金の掛け金を何千万も横領している公務員がなんのお咎めもない一方で、いくら重大犯罪人だといっても子供を死刑にするのは私の「正義感」には合わない。
 もちろん、だからといって何をしてもいい訳ではないが、国が死刑という形で犯す殺人には、熟慮が必要だと思うのである。最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。
 永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので「傷害致死」の可能性は捨てきれないと思っている。ひとつが傷害致死の場合「殺人」の数は1。殺意があったなら2。どちらと信じる理由もないのでここでは1.5としておく)。一審、二審の判断は、相場から言えば妥当なところではなかったろうか。
−−−−−

 最も重要な「赤ちゃん殺害は0.5人とカウント」というのは、やはり、相当なこじつけというべきだろう。もっとも、最初に1.5人という表現があるので、括弧内の説明を無視すると、解釈上、赤ちゃんが0.5人ということになるのだろう。しかし、やはり、括弧の中で殺意があった場合とない場合とが区別がつかないので、という断りがある以上、1人と0人との間で0.5人ということで、赤ちゃんだからということではないから、歪曲した非難というべきだろう。もっとも、私はあまり言われていない「相場」という言葉の方がひっかかる。死刑にすべきかどうかに「相場」という言葉を使うというのは、やはり、違和感を感じざるをえない。
 こうした点をきちんと読みさえすれば、表現は乱暴だが、特別問題視するような文章とは思えない。被害者およびその家族への冒涜的内容とも思えない。ただ、内容に賛成かというと、そうではない。
 性犯罪においては、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので「傷害致死」の可能性を捨てきれない」というのは逆で、すぐに死んでしまうからこそ、赤ん坊に何かした場合、「殺意」あるいは「未必の故意」を広く認定すべきであると思う。交通事故とは異なるのだから。従って、赤ん坊だからこそ、傷害致死の可能性を認めるべきではないと思う。
 ただ、一審、二審の判断を支持するのは、別に非難すべきことではなく、むしろ、死刑が当然で、それに反対する見解の存在を認めないようなことこそ、批判されるべきだろう。最高裁が差し戻したのだから、死刑判決以外を出す余地はなかったに近いのだろうが、そのこととは別に、どのような判決が妥当であるかについては、多様な意見があって当然だろう。
 
 さて、今回の一連の流れで、学長見解なるものが、いかにも違和感を感じる代物だ。

−−−−
本学教員のブログ上の記述に関する学長見解
 本学の教員が、個人的なブログのなかで記している文章については、さまざまなご批判をいただいております。青山学院大学は、キリスト教信仰にもとづく大学として、見学の精神、理念、教育方針を掲げて学生の教育に当たっております。このような本学の姿勢に照らして、当該教員の記述は適切でなく、また関係者のみなさまに多大のご迷惑をおかけしたことはまことに遺憾であり、ここに深くお詫び申し上げます。
 今後このようなことが繰り返されることのないよう努めてまいります。
                       大学長 伊藤定良
−−−−

 「記述は適切でなく」と明確に書かれているのだが、どの部分がそうなのか。
 教員が書いた個人的な文章を、学長が正式な見解(弁明)を出すというのが、異様であるとは多くの人が感じたようだが、大学防衛なのだろう。それは仕方ないと思う。
 ただ、具体的に内部的に「引き締め」でもやるのかどうかはわからないが、准教授への非難が、書かれた文言そのものへの批判というより、内容を一部変更した上での非難だったのだから、「繰り返されることのないように」統制などをやってほしくない。

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永山基準 wikipedia
「光母子殺害事件、死者は1.5人」…青学大准教授がブログで読売新聞ブログで准教授は少年に対する死刑について「原則反対」としたうえで「最低でも永山基準くらいをラインにして... ...続きを見る
えっ!?マジで!?
2008/04/27 23:32

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
瀬尾准教授は日記を改竄しています
私は改竄前を見ています
詳細はここを見て下さい
http://www.wikihouse.com/seo/
検索してきました
2008/04/30 15:13
改竄前の文章を張っておきます

国が死刑という形で犯す殺人には、熟慮が必要だと思うのである。最低でも永山基準くらいを
ラインにしてほしいものだ。永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ
(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので、
傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている)。一審、二審の判断は、相場から言えば
妥当なところではなかったろうか。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
自分で問題があると思っているから改竄したんですね

検索してきました
2008/04/30 15:16
「検索してきました」さん、コメントありがとうございます。早速wiki読ませて頂きました。
確かに書き換えたことは分かりましたが、ただ、「改竄」というのは、ちょっときついのではないでしょうか。意味を変えてしまったのなら「改竄」でしょうが、たぶん、誤解されたので、正確にするために加筆したというのが、正確なところだと思います。確かに、前の文章だと赤ん坊は0.5人というカウントと読めないことはないですが、「傷害致死の可能性」を最初から書いていたので、文意を変えたとは思えません。
wakei
2008/04/30 19:55
瀬尾准教授の自転車に関する文章を読ませてもらいましたが、共感するところと、違うなと思うところと、混じっている感じですね。私も自転車と道路のことは関心があるので、一度じっくり瀬尾批判でもやってみたいところだと感じました。いずれにせよ、「赤ん坊を殺しても0.5人しか殺していない」と瀬尾氏が主張しているという前提での批判は間違いだと思います。でも貴重な情報提供はとても感謝しております。参考になりました。
wakei
2008/04/30 19:59

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