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zoom RSS 中教審答申の検討(3)

<<   作成日時 : 2009/03/06 22:13   >>

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 第3回は、「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」2002.2.21である。この答申はなかなか興味深い。実はこの答申はこれまであまり意識したことがなかったし、読んだこともなかった。私は学位論文を「国民的教養」という議論を軸に学校制度を研究したので、教養論は再びじっくり考えねばならないことだと思っている。そして、「国民的教養」という概念は、戦後20年までは意味のある概念だったと思うが(私の研究対象は戦前のヨーロッパ)、現在ではほとんど積極的意味は失われた概念である。なぜならば、ほとんどの国では、多民族の文化、多文化主義と向き合わねばならない時代だからだ。日本も例外ではないと思う。
 また、PISAは明らかに、新しい時代の教養の在り方を前提として、問題を作成し、そうした教養形成を意図して、あのようなテストをやっていると考えられる。この答申は、日本のPISAショックの1年以上前に提出されているから、実はこの後この答申の「教養観」はかなり変更されたとも考えられる。しかし、そもそも、教養に対する考えというものは、そんなに時代的に変化してはならないものであろう。そういうことの検討も必要だろう。

 さて、「はじめに」で問題意識をいくつか書いている。
 「かつては教養についての知識人のリスト」があり、学問の体系の基礎をなす共通理解があったという。しかし、それが失われたというのが、最初に書かれている問題意識である。
 しかし、この問題意識そのものが、非常に問題であろう。なぜならば、今、教養について問題にしているとき、「知識人」のレベルではないからである。この答申でも、以下のように書かれている。

 「社会が物質的に豊かになる過程で価値観の多様化,相対化が進み,一人一人の多様な生き方が可能になった一方で,社会的な一体感が弱まっている。また,近年の経済構造の変化や経済的な停滞,冷戦構造崩壊後のグローバル化の進展等による社会・経済環境の変化により,社会に共通の目的や目標が失われている。」

 いまり、かつては「知識人」を念頭におき、今は「一般の人」を念頭において比較している。では、かつて「一般的な人」の間に「教養についての共通の理解」などがあったのだろうか。かつては、みんなの価値観が同じで、相対的ではなかったのだろうか。「知識人の共通理解」という言葉に、既に社会的共通理解ではなかったことが表現されている。こうした思考様式は、かつての「上」の人びとの目線で、今を見る、若い人の言葉でいうと、「上から目線」が強く感じられる。

 ここで言われているかつての「知識人」なるものが、いつの時代のどのような教養をさしているのか、この答申の文章ではわからないが、いずれにせよ、かつても、今も、社会全体の共通理解が文化に関して、存在しているかどうかは、かなり検討の余地がある。
 大雑把にいえば、かつては階級的・階層的に異なる文化があったのが、明治以降の教育制度の中で、強制的に共通文化が押しつけられ、表面的にはそこに共通性があったかのように見えていたのが、戦後、文字通りの相対化が進んで、共通教養なるものが崩壊した、あるいは見せ掛けの共通教養から解放されたというのが、真実なのではなかろうか。すくなくとも、そうした「相対的」目線がまず必要であって、簡単に、国民に求められる新しい教養なる概念の存在価値そのものを検討する必要があるのではなかろうか。しかし、この答申は、そこにはまったく疑いの目は向けていない。

 まず答申は、「今なぜ教養なのか」を整理している。箇条書きすると
・価値の多様化により共通の目標が喪失した。
・少子高齢化で社会と個人の関係が変化した。
・情報化の進展で人間関係が希薄化し、環境や生命倫理問題を起こしている。
・既存の価値がゆらぎ、生き方が不明確になっている。
・学ぶことの目的意識が薄れ、自我の確立を求める意欲が薄れている。
 こうしたことが、社会の活力を失わせる危機をもたらしているので、新たな生き方を実現するための教養が必要だというのである。

 これらにも、疑問点は多々あるが、次にいこう。
 新しい、今の時代に求められる教養について、5つの点が重視されているとする。
1 社会の中で自己を位置づけ、社会秩序を作り出し、向上心や志をもって生き、時代の創造に向かって行動し、他者の立場で考えられる力
2 グローバル化の中で世界的広がりをもつ教養が求められるので、我が国の伝統文化を理解し、世界の人と外国語で意思疎通ができる力
3 自然を理解し、論理的に対処し、倫理・環境問題を理解する力
4 古典を重視するとともに、知的活動の基盤となる国語力を育成する
5 礼儀・作法等の修養的教養

 そして、以下人生の各段階でどのように教養を培っていくのかの検討に入る。(つづく)

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