教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 「胸ぐらつかんでの注意は体罰ではない」という最高裁判決が

<<   作成日時 : 2009/04/28 20:59   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

 「胸元を抑えたのは体罰ではない」という最高裁の判決が出たことを、インターネットで各紙が報じている。ラジオでも早速この問題を取り上げていた。

 小学校2年生の男子が、休み時間中に友達と一緒に通りかかった女子生徒をけったので、講師だった被告が注意をしたところ、男子生徒は講師の尻をけって逃げたので、おいかけ、洋服を胸ぐらでつかみ、「もう、すんなよ」としかった。生徒は怒られたあと、食欲が低下し、通学できず、心的外傷後ストレス(PTSD)と医者に診断されたという。
 その後回復して、学校に行くようになったが、母親は学校の説明に納得せず、学校や教育委員会に対して極めて激しく抗議を続け、生徒が5年生のときに350万の損害賠償を請求する提訴(2005年)、一審は、体罰及びPTSDを認定、65万の賠償認定、二審はPTSDは否定したが体罰を認め、21万の賠償を認定した。

 それが最高裁は、「穏当を欠く」としながらも、体罰もPTSDも認めず、原告の訴えを退けたというわけである。各紙若干の違いがあるが、だいたいこのような事実であるようだ。

 実際にどのようなつかみ方をしたのか、あるいは、どのような状態に男子生徒が陥ったのか、記事ではわからないから、そこらは想像するしかないが、「判決」は妥当であるように思われる。私は体罰絶対否定の立場にたつが、記事で見る限りでは体罰とはいえないし、この親のしつけはどうなっているのだろうか、と疑問に思わざるをえない。

 ただし、これは法律論としての判決の妥当さであって、この判決が「教育的指導のある場面において体罰を容認したものだ」とか、「やはり、言ってわからない生徒には殴ることが必要なこともある」というような議論が、おそらく出てくるだろうが、それはとんでもない悪のりである。実際に、先のラジオ番組では、この判決を支持するか、反対かという電話アンケートをとっていたが、9割が賛成で、賛成論の中には、そのような「威勢のいい」意見が多数あった。
 しかし、この最高裁判決は、体罰を容認したのではなく、「胸ぐらをつかむ程度のことは体罰とはいえない」としたに過ぎない。それも「穏当を欠く」という意見付きで。

 これらの記事でもうひとつ注目したのは、学校側の説明に納得せず、「学校と教育委員会に極めて激しく抗議」という部分だ。正確にはわからないとしても、たぶん自分の子どもがやった行為を謝罪するようなこともなかったのだろう。最初に女の子に暴力を振い、注意した教師にも蹴りを入れたのだから、かなりきつく注意をされても当然のことだろう。そのことを、親が十分に子どもに注意するようであれば、もちろん、教育委員会に抗議を続けることもないだろうから、子どものことは棚上げにして、一方的に抗議したのかも知れない。ただ、事が起きてから3年もたってから提訴するというのは、その3年間、親はずっと怨念のような感情を抱きつづけてきたのだろうか。
 学校にしても、親にしても、もっと建設的、教育的話し合いができなかったのだろうか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「胸ぐらつかんでの注意は体罰ではない」という最高裁判決が 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる