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zoom RSS 除斥期間という概念は必要なのか

<<   作成日時 : 2009/04/29 20:47   >>

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 時効が成立した殺人事件に関して、民法の「除斥期間」を過ぎても賠償を認める最高裁判決が出た。「逃げ得」を許さない正義の判決として、各新聞は好意的に報道している。
 私は法律については素人であるが、この判決の「論理」にはどうも納得できない。素人が、最高裁の判決に異論があるというのも変だが。

 この場合問題となる「除斥期間」は、「不法行為から20年過ぎると損害賠償を求める権利が消滅する」というのだそうだが、法的規定はなく、最高裁判決によって認められていることだそうだ。

 私が疑問に感じるのは、この事件の場合には、通常の民事訴訟における時効の適用として、訴訟が成立と解釈することができるし、そうすることこそが、「法の安定」となるのではないかという疑問である。

 民事訴訟の時効が問題となるとき、「事実が発生」したことと、「当事者がそれを知る」ことが、当たり前のこととして必要であり、このふたつが満足された時点から、時効期間をカウントすることになっているはずである。この事件の場合、刑事の時効は成立しているが、事件そのものを知ることができたのは、2004年であり、被害者の家族が提訴したのは、翌年であるから、「知ってから」という原則に照らしてみると、民事的には、十分に時効成立前となるはずなのである。したがって、「ルール通りならば除斥期間が適用され、請求が認められないはずだった」という解釈が間違っており、民事訴訟の原則を適用すれば、請求が認められるはずのものであると解釈すべきであろう。もちろん、最高裁の「除斥期間」という判例があるから、それに抵触するというのは、最高裁の解釈が正しいとすれば、妥当な判断だろう。

 しかし、その除斥期間という原則は維持しつつ、だが、逃げ得は許さないから、この事例では、原則を適用しないというのは、恣意的な法の運用ではないだろうか。むしろ、法律で規定されているわけではないらしい、「除斥期間」という概念そのものを放棄すべきではなかったろうか。事実が生じ、被害者ないしその関係者がその事実を知っているのに、提訴しないならば、一定期間の後に民事時効が成立するのは当然であろう。そういうことと無関係に、事実の発生後一定期間が成立したら、提訴不能にするかしないか、という議論は、必要ととは思えないのだが。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
事実誤認があるようなので、指摘しておきます。

>「事実が発生」したことと、「当事者がそれを知る」ことが、当たり前のこととして必要であり、このふたつが満足された時点から、時効期間をカウントすることになっているはずである。

とありますが、そういうことにはなっていません。

不法行為の請求権には、「被害者が被害と加害者を知ったときから5年」か、「知ったかどうかに関わらず20年」という二つの期間制限があります。
今回問題となったのは後者の20年ですが、これを時効と解釈するか、除斥期間と解釈するかに関わらず、「被害者が被害を知った」ことは要件ではないのです。
被害を知っていたのであれば、20年といわず、5年で請求権は消滅します。


基本的に、“「知ってから」という原則”のような原則は存在しません。
「知ってから」というのが必要な場合は、その都度そのように規定されています。(逆にいえば、規定されていなければ、知らなくても権利は消滅します)
通りすがりの法学徒
2009/04/30 03:16
勘違いを訂正していただいてありがとうございました。
やはり、原文を読んでみようと思い、最高裁の判決文を読んでみました。今日と明日忙しいので、土曜日になるかと思いますが、いろいろと考えるところがあるので、コメントの続きではなく、新たな文章を書いてみようと思います。今後ともよろしくお願いします。
wakei
2009/04/30 11:27

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