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zoom RSS 医療過誤は起訴ではなく、正確な検証を

<<   作成日時 : 2009/06/29 22:25   >>

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 産経新聞6月29日(インターネット版)に、医療過誤で医師2人を書類送検という記事がでている。

 「送検容疑は、平成17年10月13日、同病院で近江八幡市の無職男性=当時(69)=の食道静脈瘤の除去手術を行った際、食道の内部に7〜8ミリの損傷を見つけ、手術後の検査でも皮下気腫などを発症していることを確認したにもかかわらず、適切な措置をせず、同14日、食道の損傷部から左右の胸腔に空気が侵入したことによる遷延性(せんえんせい)窒息により死亡させたとしている。」

 これは検察発表であり、また、医学の専門化でもないから、正確なことはわからない。しかし、この手の起訴には基本的に疑問がある。いいかげんな医療をして死なせたのだから、罰せられて当然という、素朴な感情が市民の中にあり、それに応えているのかも知れないが、素朴な市民感情で医療現場を改善できるとは思えない。

 もちろん、例外もあるだろうが、ほとんどの医者は患者を救うために、最大限の努力をしていると思う。しかし、もともと命の危機にさらされている患者なのだから、助かるのが当然なわけでもないし、人間がやることだから、様々な過ちも生じるだろう。ミスがあったとしても、必要なことは、ミスを罰することではなく、再びミスが起きないための徹底した検証とその公表、そしてそれに基づいた必要な改善策をとることではないだろうか。
 しかし、このような起訴は、何もかも明らかにした上での、正確な検証を極めて困難にすると思う。正確な検証をしなければ、次のよりよい対策は出て来ない。しかし、起訴される危険性があれば、真実を隠すのは、人間の性であろう。

 したがって、よほど悪質なミスでない限り、免責にして、正確な検証を求め、説明責任を果たさせるという方向にもっていくべきではなかろうか。医療過誤による起訴が、医療現場に大きな動揺を与え、それが、医療そのものを貧困にさせ、結局は患者たちに損害を与えた事例は、産婦人科医の件でも明らかだろう。

 本当に望まれているのは、常に改善の姿勢のある医療なのではないだろうか。

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