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zoom RSS 免許更新講習の混乱は予想されたもの

<<   作成日時 : 2009/08/04 12:43   >>

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 以前朝日新聞が報道し、また今日の産経新聞にも、教員の免許更新講習の定員割れ問題が報じられている。これは、現場では非常に深刻な問題となっている。もちろん、講習を突然受けさせられるようになった教師たちが、最も迷惑を受けいてるだろうが、それをする立場の大学も、大いに迷惑をしている制度なのである。文部科学省が、大学にやってくれと強く要望したために、大学側はかなりのエネルギーを割いて、講習を行うべく努力してきたが、むしろ、教師たちがまだ重たい足をあげていないという状況のためもあって、ほとんどの大学が定員割れを起こして、赤字決算になっている。今年度の本実施からは、大学の独立採算の事業であるから、赤字になったら大学としても大きな負担となる。

 特に今回の産経の記事で大きな疑問を感じのは、以下の部分である。

 「こうした教員ニーズに、岩手県教育委員会がいち早く対応。同県教委は昨年秋、岩手大(盛岡市)など5大学を中心に構成する更新講習協議会を離脱し、「小中学校や高校など学校種別、年代別にカリキュラムを提供すべきだ」として、現職校長らを講師に迎えた県独自の更新講習「授業力向上研修」を設置した。受講は無料、交通費も公費負担という。
 この影響をもろに受けたのが岩手大で、定員1000人に対し、申込者はわずか52人。同大の講習の大半は人気が低いとされる「教科に特化した内容」だが、教育学部の遠藤孝夫教授は「長期的にみて役に立つ内容も更新講習には必要」として、実践偏重の流れに異議を唱える。」(産経新聞2009.8.4インターネット版)

 大学が講習を行う講師を専任する場合、大学で教えていることが基礎資格であると、文部科学省は強く主張していた。そして、免許更新の趣旨からいって、その費用は参加者が払うべきであるとも主張していた。しかし、岩手県教育委員会は、現職校長が講師となり、講習費用も交通費も公費負担という、文部科学省の指示に全く反することをやっているわけである。文部科学省は、この「授業力向上研修」を、免許更新の講習として、認めるのだろうか。それから、この免許講習は、どこで受けてもいいことになっているのだから、もし岩手県外の教師が大量に来年度以降受講を希望したとしたら、受け入れるのか、受け入れるとして、財政負担に堪えられるのか、等々、多いに疑問である。

 岩手大学では、このあおりを受けて、52人しか集まらなかったというのだから、同情してしまう。来年以降は、講習をする意思を放棄したくなるだろう。もっとも、文部科学省が介入して、別の形態を模索するのかも知れないが、もともと、教育委員会が、その責任において講習をしてくれるならば、大学はわざわざそんなことはやりたくないのだから、教育委員会の事業として、法制化すればよかったのである。もちろん、大学も地域還元をする必要はあるから、実際に、ほとんどの大学で、公開講座等の、大学の財産を活かした地域貢献の取り組みをしている。それは大学が主体性をもって、自分たちが貢献できる分野で、それにふさわしいやり方をとり、そを受講した人びとが集まるから、双方にとって満足をえられるものになるのである。

 しかし、この免許更新制度はまったく違う。大学が普段取り組んでいることとは違うことを要求され、(必修講座については、文部科学省が細かい内容指示をしている。)現場の教師のニーズが十分に分からないままに、とにかく講座を設定せざるをえず、集まっても集まらなくても、一切の責任は大学自身がとれ、というようなやり方で進んでいるのだから、うまくいかないことは、最初から目に見えていたのだ。

 そもそも、この免許更新制度は、最初の中央教育審議会の答申では、否定されていたのだが、その数年後、まったくの政治的思惑から再浮上して、どういうわけか中央教育審議会は、こんどはそれを提案する答申を行ったのである。明らかに政治的思惑から設定されてのであり、しかも、その政治的思惑が、政府・自民党・文部科学省の間でそれぞれ多様で、従って、法制化されての実施段階でも、文部科学省の大学への指示は、ずいぶんと揺れたのが実態である。たぶん、岩手県には、それが最も歪んだ形で現れたのだろう。

 いわゆる庶民感覚からすれば、免許を更新するのは当然で、不適格教員は、こうした講習及び試験で排除すべきだというのは、すんなりと受け入れられるかも知れないが、公的な資格で、より専門性の高い領域のものが多数あるにもかかわらず、そうした免許が更新制度の対象とはなっていないのは、いかにも不自然であるし、また、教師の力量を高めるために、このような義務としてのわずか数日の講習が役にたつなどと思っているひとは、実際にはほとんどいないのである。もちろん、講習を主体的にうければ、何らかの得るところはあるだろうが、そういうことを日常的に奨励しておくことが大切なのである。10年に一度受けて結果が出るというものではないだろう。

 というわけで、免許更新制度は、できる限り早く撤廃すべきであろう。そして、教師の力量形成に対して、本当に必要なことを、日常的なこととして、教師に保障していく体制をとるべきである。

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