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zoom RSS 酒井法子裁判こそ、裁判員裁判が妥当では

<<   作成日時 : 2009/08/11 22:21   >>

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 裁判員裁判が開始され、大きな反響を呼んでいる。私自身は、単に厳罰主義に迎合する感じのする、この制度にはいまいち共感できないものがあるし、市民感覚が判決に反映されることが、それほど重要なことのようには、必ずしも思えないのだが、しかし、もし、市民感情が裁判に反映されるべきであるとしたら、むしろ、酒井法子裁判こそ、ぜひ、裁判員裁判で裁いて欲しいと思う。
 もちろん、まだ起訴もされていない事件に、このようなことを書くのは、妥当ではない面もあるが、この事例が、警察によって発表されていることが事実であるなら、起訴されないという一部の報道のようになってはならないと思うし、厳正に裁かれるべきだと考えるから、起訴される場合を想定して書くことも、許されるだろうと思う。

 第一回の裁判員裁判の判決は、決して市民が参加したからといって、これまでの専門家による裁判と大きく違う判決がでたわけではなく、むしろ、判事による裁判の判決でも、ほぼ同じような判決になったろうと思われる。殺人などの重大犯罪に関しては、やはり多数の事例の積み上げがあり、そこから大きくはずれることは、逆に問題であろう。だから、結局あまり違うことはないようにも思われるのだ。
 しかし、酒井法子が起訴されれば、麻薬事件としては、多数あるものの、夫の逮捕に居合わせたり、任意同行を無視したり、子どもや自分の逃亡が途中で、性格や事実が変化したり、また当事者そのものが、多くの人によって、そうした犯罪とはまったく無縁な印象をもたれたのが、大きくイメージが変化したり、という面は、似た例はほとんどないだろう。しかも、極めて大きな社会的関心を集め、そして、それぞれの市民が自分の価値観に従って、心の中で裁くのではなかろうか。市民感覚を反映させるには、ずっと適当な事例であるように思う。しかも、この裁判の判決は、大きな社会的影響も与えるに違いない。

 逆に、あまりに大きな関心の対象となり、野次馬的人びとの餌食になる危険もあるし、ここぞとばかり、メディアが悪のりするかも知れない。しかし、市民感情を反映させるということは、そうした側面も避けて通れないという前提があるのではなかろうか。アメリカの陪審員裁判では、そうしたことは少なくない。

 これまでの説明では、裁判員裁判の対象となる事例ではないかも知れないが、市民感情を反映させて裁かせるのがよいと思うのだが、どうだろうか。



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