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zoom RSS 「我が闘争」漫画版が売れているというが

<<   作成日時 : 2009/09/06 23:03   >>

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 9月6日朝日新聞(インターネット版)に、「我が闘争」の漫画版の記事があった。漫画文化は「世界に誇る」日本文化のひとつだが、歴史はもちろん、難しい経済も漫画にしてしまう。「資本論」の漫画もあるようだ。その資本論漫画を出しているイースト・プレスという出版社から、古典作品を漫画化する「まんがで読破」シリーズの一つとして、ヒトラーの「我が闘争」が昨年出版され、予想以上の売れ行きを示しているということだ。別に買う気もないので、ここでコメントする資格があるかどうかは若干疑問があるが、本物の「我が闘争」は読んでいるので、書いてみることにした。

 角川文庫で昔から出ている「我が闘争」は研究上の必要から読んだ。大分前のことだ。別に面白くもなんともない本で、実際にドイツのナチ共鳴者が、あの本を読んでナチになったのかどうか、かなり疑問に思うところもある。もっと即物的な理由でナチに参加した若者が多かったのではないかと思われるような本だ。私が興味をもって読んだ部分は解説で、今手元にないので確認できないが、ヒトラーが書いたわけではなく、かなり優雅に生活していたらしい獄中で、口述筆記による著作であった。そして、実際のところ、ヒトラーが語った部分はかなりラフなもので、それをもとにそれなりに読める著作にした人物がいたわけだが、その人物はヒトラーが政権をとったあと、殺害されてしまったと書かれていたと思う。(ここらは記憶なので、多少正確さではないかも知れない。)かなりの分量があり、かつ手軽に読めるような簡単な本ではないから、やはり、ヒトラーの書いたものとは思われないし、また、実際にきちんと読んだ人が多数いたとも思われないのである。

 さて、1992年から1年間オランダに海外研修に行っていたとき、ドイツ人の若い人と知り合い、ヒトラーの「我が闘争」の話になった。もちろん、ドイツでは出版されていないことは知っていたし、彼が読んだことがないことは、当然のことだが、日本では出版されており、かなり気軽に買うことができること、私自身も読んだことを彼に言うと、相当なショックを受けていた。
 表面的には逆だが、同じようなこととして、共産主義ポーランドから亡命してきた若いポーランド人が、我が家(日本の)に来たとき、私がマルクス・エンゲルス全集を所有していて、けっこう読んでいることを知った彼もまた、かなりのショックを受けていた。
 ドイツでは、ヒトラー、ナチズム関係の原典は発売禁止になっているから、当然ヒトラーやナチズムは、歴史の教科書で習うような話として理解しており、実際の資料に基づいて知識をもっているわけではない。
 ポーランドでは、逆にマルクスは偉大な聖人みたいな人で、そのように教科書で教えられており、実のところ反感をもっている人が多いので、これまた実際に原典をとってじっくり読む人は滅多にいなかったようだ。今はまったく逆転して、今度は読む機会もほとんどないような状態かも知れない。

 私がオランダにいたときは、ドイツでネオナチが盛んであった時期であり、ネオナチによる外国人排撃行動などもけっこう頻繁に起きていた。だから、ヒトラーの著作を禁止しているにもかかわらず、ヒトラーに共感する人たちがけっこういたわけである。ただ、彼らは実際にヒトラーの考え方等を、実際の文書等で確認して共感していたわけではなかったことは明らかだ。教育の中で、ヒトラーやナチズムを如何に犯罪的なものとして教えたとしても、逆に共感してしまう人たちはいるのだろう。逆に、旧社会主義体制の中で、いかにマルクスの偉大さを教えても、反感を育ててしまうこともある。やはり、一方的な禁止や一方的な礼讃では、もともとの目的は達成されないという、教育の基本的な問題が現れているように思うのである。

 この漫画については、外国でそれなりの話題になったようだ。朝日の紹介によると次のようだ。

 「海外メディアも注目し、昨年末以来、英BBCや米CNNなどが報道した。フィナンシャル・タイムズ・ドイツ版で2月に記事を書いた東アジア特派員、マーティン・コリングさんは「漫画化はリスクはあるが、新しい発想。多くの人が手に取り、批判的に検証することは意義がある」と一定の評価をする。
 ただ、ネット上などでは「出版は無神経」「ネオナチを喜ばす」「有害図書扱いはかえって魅力を生む」といった賛否の議論も起きている。」

 また、ナチズムの被害者にとって苦悩を想起させる、自由社会に禁書はあるべきではない、等多様な意見があり、角川書店も10年ほどまえに、ドイツ大使館から「刊行をやめられないか」と求められたことがあるそうだ。

 やはり、出版を禁止するというドイツのやり方には、私としては賛成できないものを感じる。学校で教えるにしても、実際にどのような主張をもった本だったのか、どういう部分が影響を与えたのか、等々、生徒たちが自分たちで調べることを不可能にしてしまう。検察だけが主張を述べることができて、弁護側の主張の機会を与えないようなものだろう。いくら弁護しても、やはり有罪であるというときに、誰もが有罪を確信し、罰する正当性が生まれるものだろう。
 逆に確信を育てたい場合でも同様だろう。
 確かに社会主義国家では、マルクスの書物を読むことは大いに奨励されていたかも知れないが、そもそも崇めるべき存在として教えることは、弁護だけ認めて、検察の主張を認めないようなものだろう。これもやはり、「確信」を育てることはできない。(このことは、権力によって国歌斉唱を強制するやり方にも当てはまる。蛇足だが。)

 しかし、原典を知る機会を提供するということが、漫画であることは妥当なことなのか、という問題は残る。気軽に読めて、分かりやすい資料として提供するということに、どういう意味があるのか。
 とりあえず、ここでは問題提起だけしておきたい。私自身、漫画は読んでいないので、今度本屋で立ち読みでもしてみよう。それからまた書くかも知れない。


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