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zoom RSS 光母子殺害「被告」実名本の仮処分申請却下に関連して

<<   作成日時 : 2009/11/09 22:21   >>

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 犯罪の報道は国によって違いがある。ヨーロッパでもイギリスなどはかなりセンセーショナルで、日本と似た面があるように感じる。しかし、大陸系の国では犯罪報道は大きな事件以外は慎ましやかで、特に北欧諸国はあまり実名なども出せない傾向がある。
 私自身は、事件の内容について知りたいとは思うが、実名を知りたいとは思わない。実名を知ったからといって、何かそのことによって事件の本質がわかるというものではない。むしろ、実名を知ったことによる当人の周辺が迷惑を受けることが多いのではないだろうか。
 新潮社などは、少年の場合にも実名報道に拘っているが、その報道姿勢について私が感じるのは、まるで「裁いている」という思い上がった姿勢だ。江戸時代の「引き回し刑」をメディアがやっている感じがして、私は不快にしか思わない。

 光市の母子殺害の実名本への出版差し止め申請の仮処分が却下された。却下というからには、申請の内容への否定ではなく、申請そのものが不当ということなのだろう。ということにしては、仮処分申請であるにもかかわらず、ずいぶんと時間がかかっている。しかも、途中で仮処分申請の決定がない段階で、提訴がなされている。
 更にわかりにくいのは、仮処分申請が出版予定の前日に行われていることだ。取材から出版までの時間が極めて短い雑誌等ならわかるが、一年以上や本人と著者が文通し、25回も面接している書籍については、ずいぶんと差し迫った中での仮処分申請だ。既に4000分が完売して、しかも2万冊の増刷が決まって配本されているというのだから、申請は宣伝以外の何者でもないような結果になってしまった。

 この書物の出来方に関しての事実は、今後明らかになっていくのだろうが、ただ、私はこのような事件については、実名を出す意味を感じない。出したら名誉棄損だとか、少年法違反だとかそういう以前の問題として、「知ることの意味」を感じないということだ。だから、大人の犯罪でも実名は出す意味を見いだせないのだ。むしろ、事件の本当に重要なことから目をそらさせ、無意味なセンセーショナルな雰囲気を作りだすという点でマイナスなのだと思う。実名であろうが、仮名であろうが、またXというような記号であろうが、(法律雑誌ではXY使うようだ。)本当はどうでもいいのだ。変わるのは当事者の周囲の人物に不快な作用が及ぶという点だろう。それを避ける意味で、やはり、実名ではないほうが、落ち着いた報道ができるし、また、受け取りもできると思う。

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