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zoom RSS 外国人への教育権保障とは

<<   作成日時 : 2010/02/27 23:03   >>

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 朝鮮学校と高校授業料無償化の問題は、今日の朝日新聞で大きく取り上げられている。朝日は、人権の立場から、無償化をすべきであると考えているような論調となっており、国連人権委員会でのやりとりを「国際基準に照らせば人権侵害だ」ということです、という師岡康子氏の言葉を結びに使っている。
 師岡康子氏は、「外国人学校ネットワーク」の代表を務めているようで、以前から外国人学校の権利擁護のために努力している弁護士であることが、インターネットのホームページでわかる。

 そのホームページも見てみた。しかし、制度的なレベルの問題を故意にか、極めて曖昧に処理しているように思えてならない。私も外国人の権利擁護は必要であると思うが、この団体の主張には、違和感を覚える。

 昨日のブログに書いたように、私は高校授業無償化、授業補助に、外国人学校を含めるのはおかしいという立場であるが、もう少し、この外国人学校ネットワークの主張について検討してみることにしよう。

 以下の引用は、次のホームページからのものである。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mingakko/nettaminzokunet.htm

 まず、「「民族的・宗教的・言語的マイノリティ(少数者)、または先住民が存在する国において、マイノリティまたは先住民に属する子どもは、その集団の他の構成員とともに、自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰し、実践し、自己の言語を使用する権利を否定されない」(子どもの権利条約第30条)

「国家は……マイノリティに属する者が自らの母語を学び、母語で教育を受ける十分な機会を得られるよう、適切な措置をとる」(マイノリティ権利宣言第4条3項、1992年、国連決議47/135)」

というように、ふたつの文書を冒頭にあげている。だから日本政府は外国人学校への援助をしなければならないという論理なのだろう。
 しかし、ここにはいくつかの論点が混同されていると言わざるをえない。

 彼らの主張を整理すると

・日本国内には様々な外国人学校があるが、各種学校として認可されていても、私学助成が受けられない。
・正規の学校としてみとめられないために、卒業しても学卒の卒業資格を得られない。
・従って、外国籍の子どもたちに人権としての教育を受ける権利を保障していない。
・民族的マイノリティの子どもたちに母語による教育を受ける権利を保障していない。

 結論としては、「国籍や民族を問わず、すべての子どもたちは、外国人学校・民族学校においても、日本の学校においても、教育を受ける権利が保障され、その権利の内容の一部として、母語・継承語を学び、母語・継承語で学ぶ機会が保障されるべきです。」

 ここには書かれていないが、高校授業料無償化に問題に関連させていえば、だから、外国人学校の生徒の授業料も日本政府が負担すべきであるという主張になるらしいし、それが「国際的基準」ということらしい。

 しかし、まず事実そのものがまったく異なることは、昨日書いた。

 最も人権保障の進んだ欧米においても、外国人学校に対して、自国の学校制度と同様の権利保障をし、同様の財政措置をしている国は、少なくとも私は知らない。マイノリティの教育保障といっても、自国の学校制度の中に入ってくる者に対しては、最大限の配慮をするだろうが、自国の学校制度の外に置かれる外国人学校の場合には、その当該国家(外国政府)による保障がまず第一であって、外国人学校が存在している国がそれに便宜を図るのは自然であるとしても、保障についての責任を負っているわけではない。

 私がよく知っているのはオランダなので、オランダを例にとろう。オランダは、マイノリティへの教育が最も配慮されている国であることは、国際的に認められているから、例にとって考えることは、十分に理由のあることだろう。

 昨日も書いたが、オランダには日本人学校がある。オランダは、公立も私立もまったく同じ公費助成があるので、公立と私立では授業料の格差がない。義務教育段階は公立私立ともに無償が徹底している。だから、オランダの学校に入学すれば、どんな国籍であろうと、オランダ人と全く同じ条件で教育を受けられるし、一定数の人数がいれば、母語による授業を部分的に保障される。(一定の人数が必要である。)しかし、日本人学校のように、外国人学校の場合には、それは適用されないのである。だから日本人学校に通っている小学生は、すごく高額な授業料を払う必要がある。

 そして、私の知っている限り、オランダのこの制度は、マイノリティの教育権を侵害していると、「国際基準」によって非難されたということはない。オランダもマイノリティの教育について、批判されることはあるが、それは外国人学校の件ではなく、オランダの学校においては、学校選択制度が完全に実施されているために、マイノリティばかり集まる学校ができてしまって、一種の格差が生じていることなどが批判の対象である。

 外国人学校というのは、自国の教育と同質のものを受けたいから、敢えて、所在地の国家の教育の外にいるという表明なのであって、そうである以上、本国に保障責任があるというべきだろう。
 日本人学校が、「日本人の、日本人による、日本人のための学校」である以上、世界中のどこにあっても、日本が責任をもって運営しているし、またすべきなのである。
 だから、日本にある「ブラジル人の、ブラジル人による、ブラジル人のための」ブラジル人学校は、ブラジル人、ブラジルの団体、ブラジル政府が、第一の責任を負うべきものなのである。
 もちろん、日本とブラジルの相互協定によって、ブラジルにある日本人学校に対して、ブラジル政府が、日本にあるブラジル人学校に対して日本政府が、相互に援助をするということはあってよいだろう。しかし、そうした国家特有の教育をめざした学校については、一方的に援助することはかえって干渉になるというべきである。

 では、外国人の教育に対する権利保障は、どこでなされるべきなのか。それは基本的には、日本なら日本の学校制度のなかで、外国人の子どもを、入りたいという希望があれば無条件に受け入れ、最大限の配慮をもって教育をするということにある。そして、少なくとも原則的には、現在の日本の教育行政は、日本の公立学校に入りたいという子どもを、外国人であるという理由で排除することはないし、また、ある程度の人数がいれば、最大限の保障をしようと努力している自治体が多い。ブラジル人の子どもが多く入学した地域では、ポルトガル語のできる人を求めて、かなりの努力をしたことは、よく知られている。もちろん、すべての文化を対象として、そのようなことはできないし、また欧米でも一人二人の外国人に対して、母語による教育の保障をしているわけではないのである。

 正規の学校として認められないから、卒業資格を認められないというのは、事実とは違う。卒業資格というのは、日本の場合、その上の学校への入学資格、あるいは就職資格と考えられるから、上級学校の受け入れ条件として考えておこう。

 私は大学に所属しているので、大学人としていえば、上記のような認識は間違っている。日本の大学への受験資格は、基本的にどの程度の年限の教育を受けてきたかということを基準にして決められ、それは国際的基準に適うように決められる。大学入学資格そのものが多様な国もあるが、ヨーロッパなどは日本よりむしろ厳格というべきだろう。日本は大検などがあるから、高校を卒業していなくても受験可能であるが、基本的には、12年間の学校教育を受けていることを条件としている大学がほとんどだろう。そして、この12年間とは、特に日本の学校を前提としているわけではない。
 どの国の学校でも、12年間の学校教育を受けていれば、受験資格を認めるのが普通ではないだろうか。しかし、試験は日本語で行われるのだから、通常合格することはないだろう。だから、外国人は留学ということになる。留学条件は、提携校とそれ以外では異なるだろうが、これも基本的には、同年数の学校教育を受けていることが前提となる。
 従って、そうした基準に合致していれば、入学資格は得られるのである。因みに、朝鮮学校や韓国学校は、ほとんどの大学が、受験資格を認めているはずである。

 しかし、このネットワークの主張を見ると、そうした教育実態を満たしていなくても資格を認めるべきだというような雰囲気を感じるのである。(あまりに長くなったので、続きは明日)



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