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zoom RSS 本当に無言のSOSだったのか

<<   作成日時 : 2010/02/16 10:37   >>

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 16日の朝日新聞(インターネット版)に、「無言のSOS、専門家に届かず 江戸川区の7歳虐待死」という記事が出ている。継父に虐待されて死亡した小学生のSOSに気づかなかったのかということを訴えた記事だ。

 この記事はいいたいことは分かるが、あまりに矛盾したことが書かれているので、誰が書いたのかと疑問に思ってしまう。もっとも署名記事だから驚くのだが。題名が「無言のSOS、専門家に届かず 江戸川区の7歳虐待死」となっているのだが、記事の中には、死んだ海渡君が通っていた歯医者があざを見つけ、区の子ども家庭支援センターに通報し、その際に「パパにぶたれた。ママは見ていて何も言わない。僕は悪いことはしていない」と話したことも伝えたと書かれている。つまり、無言のSOSではなかったし、専門家が専門機関にきちんと「届けた」わけだ。そういう記事の内容なのに、何故「無言のSOS」とか、「専門家に届かず」などという題名をつけるのか。周りの責任を軽くしてあげようかというような配慮なのだろうか。まさかとは思うが。

 これは決して軽いことではないだろう。事実の解釈の誤りではなく、事態を違うように伝えており、そのことは事実を間違って理解させるからである。この題からは、結局、本人がちゃんと伝えなかったとか、あるいは専門機関が知ることができたらなんとかできたのに、とか、そういう解釈を生み出すからである。しかし、専門機関は「知ったのに何もできなかった」というのが事実なわけである。少なくとも記事を読めば、それ以外の解釈は出て来ない。とすれば、専門機関のどこに責任があるのか、それを解明しなければならないはずなのに、違った課題に誘導してしまう。

 江戸川区の子ども家庭支援センターのホームページを見てみた。そうすると、そこには「明るい未来を子どもたちに〜〜江戸川区児童虐待防止ガイド〜〜」というパンフレットが掲載されている。ホームページにはPDFで載っているが、おそらく冊子の形で多数が配布されているに違いない。(厚生労働省のものを転載したとある。)平成20年4月となっているので、約2年前だ。これを読んでみると、「緊急度アセスメントシート」というのがあり、それぞれの事態の緊急度と対応について図式化されている。そして、緊急度の高い可能性を知るための質問があり、noだと緊急度が下がる質問になり、対応もゆるやかになる。

 最初の質問はこうだ。

 「子どもの保護者が保護を求めている。」
 そしてその項目の細目として、
 「□子ども自身が保護・救済を求めている。」
 「□保護者が子どもの保護を求めている。」

 この項目がイエスだと、
 「子どもの保護者が訴えている状況が切迫している。」
 細目が
 「確認には至らないものの性的虐待の疑いが濃厚」
 「このままでは何をするかわからない」「殺してしまいそう」などの訴え。

 この項目に当てはまると「緊急度AA」となり、「分離を前提とした緊急介入」となる。そして、この項目がノーでも、「子どもに既に重大な結果が生じている」となると、この対応となる。
 以下、興味のある人は、ぜひこれを見て欲しいが、ここまで読んでも、かなりお粗末なシートであると感じるし、また、このシートを前提としても、江戸川区の子ども家庭支援センターのとった対応は疑問だらけだ。

 私は児童虐待問題の専門家ではないが、このシートのおかしさはいくらでも指摘できる。シートがおかしければ、対応がおかしくなるのは当然であろう。本当にこれは専門家が作成したのだろうか。

 そもそもの出発点が「子どもの保護者が保護を求めている」とあるが、多くの調査が指摘しているように、子どもに虐待するのは、多くが母親であり、次に父親である。父親が全くの放任タイプの場合は、母子密着の中で虐待が起きるのであり、虐待をしている当人が「保護を求めてくる」などということは、通常あり得ないではないか。もちろん、虐待しながらも辛いのだろうから、虐待している本人が訴えてくることもないとはいえないだろうが、それは自分を犯罪者にするようなものだから、例外的だろう。

 このシートのおかしな点は、流れが一方通行だということだ。最初から深刻な事態として把握される場合もあるが、むしろ多くは、教師や医者などの専門家が偶然見つけたり、近所の人が様子が変だと思ったというようなところから始まるのではなかろうか。そして、直ちに深刻だと分からないことも多いはずである。だから、見つけたパターンごとに、そして、程度の軽いと判断されるところから、次第に深刻かも知れないと判断できるような系列も含む、双方向のシートになっていなければならないはずである。このシートだと、結局ノー、ノーと判断されていって、あまり緊急ではないと判断されがちである。

 としても、子ども家庭支援センターの判断がおかしいのは、最初に「子ども自身が保護・救済を求めている」という項目があるのに、この事例がそのように判断されなかったことである。
 歯医者によれば、子ども自身が、パパにぶたれた、ママは見ていても何も言わない、僕は悪いことはしていないと、明確に医者に語っている。これは「保護・救済を求めている」ことに入らないのか。虐待されている子どもの多くが、虐待している親をかばい、自分が悪いと述べると言われている。そのことを考えると、このように明確に、自分は悪くないのに、父親が殴っていると医者に訴えていることは、極めて事態が深刻であることを予想させるに十分である。このシートの「子ども自身が訴えている」ということを、「子ども自身が駆け込んできて保護を求めた」などということに限定しているとしたら、まったくの無理解であるし、また、そうではなく、このような事例も含めているのだとしたら、受けた担当者の鈍さ以外のなにものでもないだろう。朝日の記事によると、センターは学校に連絡、学校から校長・副校長・担任が家庭訪問した結果、「二度としない」という約束をしたという報告をセンターにしたところ、センターは「緊急性はない」と判断したというのだが、このシートがどのように活用されたのだろうか。そもそも、家庭虐待の事実を学校に伝え、学校に対応を任せる、そしてその結果をよく吟味もせずに「緊急性なし」としてしまう。このまずいシートでも、常識的にみれば、緊急性があるとしか思えないのだが。これは、「安全配慮義務」に対する重大な過失と思われるのだがどうだろうか。

 さて、学校側の対応はどうだったのだろうか。
 記事によると、この家庭訪問のあと、副校長が「食事はカップラーメンなのか」と聞いたことに激昂して、子どもを学校に行かせなくなったという。学校は虐待を疑うより、信頼関係の回復に躍起だったという。そして、そのまま悲劇に至ってしまったようだ。親は教育委員会にも訴えていたという。

 ここにはいくつもの検討課題があるように思われる。
 子どもを殺してしまうような親だから、当然クレームをつけることになれば、尋常ではないはずである。こうした親に対する対応には、学校は慣れていない。慣れていなくてもある程度は仕方ないだろう。もちろん、どのような親でも対応できる方が望ましいし、「食事はカップラーメンしか与えていないんですか?」などと聞いたのだとしたら、もう少し聞き方に工夫があってしかるべきだろう。しかし、相手が子どもを行かせないなどという対応になったら、虐待対策よりは、信頼回復を優先させたということも、学校側としては合理的であると思う。

 むしろ問題は教育委員会だろう。意図的に学校に行かせないのだから、義務就学違反となるので、その点の対応はとらなかったのだろうか。当然虐待の疑いがあるのだから、福祉や警察と連携することも必要だったろう。ただいずれにせよ、児童相談所や子ども家庭支援センターの対応に疑問が残る。りっぱなパンフレットを作っても、それを実践しなければ何の意味もない。



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