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zoom RSS 大阪地検特捜部の押収資料改竄事件

<<   作成日時 : 2010/10/04 13:50   >>

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 大阪地検特捜部の押収資料改竄事件の進展は、ますます興味深くなってきた。改竄が故意か過失かとか、上司が逮捕されるかどうかとか、そういうことで、マスコミは興味を煽っているが、やはり本質的なことには、行かないことを決めているのだろうか。
 もちろん、本質的に重要なことは、故意であろうが、過失であろうが、証拠が改竄され、そのことによって、事件そのものが成立しないことが分かったにもかかわらず、捜査が継続され、逮捕・起訴されたという事実である。つまり、だれがどのように認識していたかは別として、既に起訴段階で村木氏の無罪は、検察には分かっていたということが、今回の事件の本質なわけである。つまり、無実の人間を無実と知りながら、検察は起訴したことになる。そして、検察は決して担当部局の専決として、起訴を決めるということはない、と一般的に言われており、かつ、官僚のキャリアを起訴するのだから、検察全体の会議をかけて決しているはずである。わざわざ公務執行妨害の中国人船長の釈放のために、最高検察庁まで関与して協議をしたくらいなのだから。
 
 さて、興味深いのは、逮捕された検察特捜部の上司にあたる人たちが、否認しているという点である。この事件で前田前主任検事が問題となったあたりから、既にトカゲの尻尾きりをするのではないかと指摘されていたが、この3人の逮捕は当然、トカゲの尻尾きりとして行われていた。メディアは故意か過失か、知っていたか知らなかったか、などというレベルの話しに合わせているが、当事者たちは更に自己の「誇り」を守るために、トカケの尻尾きりを許さないぞと頑張り始めたと感じられる。
 
 応援するというのも変だが、少なくとも自分たちに罪を着せて、一番責任を感じなければならない人たちが、逃げ果せるのは許せない、というのは、気持ちとしては理解できる。最も問題なのは、罪のないことが分かっているひとに、罪を着せて起訴する、という絶対にやってはならないことを、組織として検察が行い、その過ちの責任を特定の担当者に押しつけて組織を守るというのは、やはり許せない。
 
 それから次に、何故村木氏が狙われ、犯人にしたてられたのか、それを主導したのは、誰、何なのか。この点が突き止められなければ、この事件は終わらないのではないだろうか。

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