教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 力士とは無関係に養成される審判が必要だろう

<<   作成日時 : 2011/02/15 20:47   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 大相撲は相変わらず「調査」が難航しているようだが、週間現代が反撃を開始するなど、ますます相撲協会は苦しい状況になっているようだ。
 ところで、改めて相撲という競技を見ると、他のスポーツと著しい相違があることに気がついた。それは、専門的な審判が存在しないということだ。行司は専門職だが、勝敗を決めるのが役割で、野球やサッカーのような権限をもった審判とは言い難い。不正があれば直ちに処罰を実施できるのが審判だろう。そして、野球にしてもサッカーにしても、審判は選手サイドからは独立した養成機関によって訓練され、試験を経て、専門の審判としての仕事をする。
 ところが、大相撲では、行司以外に審判がいるが、彼らはすべてオービーの役割分担として審判を務めている。そして、試合を仕切るのが、通常のスポーツの審判であるが、相撲では行司が仕切っており、何かあった場合にだけ、登場するのが相撲の審判である。また更に、普段はほとんど意識されていないが、八百長などを監視するひとも、別の場所にいることはいるようだが、実質的な仕事をしたという記憶がない。つまり有名無実な存在だ。したがって、相撲での審判とは、土俵脇にいて、行司の差配に間違いがないか監視しているひとたちだろう。
 さて、この人たちが、OBだというところに、相撲の不正が、全く見逃されてきた要因のひとつだと考えられる。だいたい彼ら自身が、八百長をやってきた存在なのだから、そこを問題にできるはずがないのだ。試合を公正に裁き、ルール違反をしたら、その場で処分できる権限をもった審判は、選手サイドとは独立したところで養成され、活動する存在でなければならないことは明かであり、相撲以外のメジャースポーツは、私が知る限りでは、すべてそうなっている。
 したがって、今後相撲界が、スポーツであることを主張し、公正な勝負が行われているという形を実現するためには、独立した養成機関で訓練され、厳密なテストを経て採用される審判を養成することが必要ではないだろうか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
力士とは無関係に養成される審判が必要だろう 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる