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zoom RSS 「想定外」について

<<   作成日時 : 2011/03/20 20:56   >>

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 今の時点で、進んでいる事態を考察することは、好ましくない面もあるかと思うが、忘れない内に書いておきたいと思う。

 今回の原発事故でしきりに「想定外」ということが言われている。既にいくつかの記事やブログで指摘されているように、既に4年前(共産党)、あるいは2年前(国際原子力機関)等によって、福島原発の危険性が「想定」され警告されていたことがわかっている以上、東京電力経営者が「想定外」をいう資格はないというべきであるが、それとは違うことを考えざるをえないのである。

 このブログを読んでいる人は、ほとんど全員パソコンを使用しているわけだが、多くの人は、大事なデータはバックアップをとっているだろう。もし、とっておらず、何かの原因でデータが消えてしまったとしたら、かなり愚かだったと、本人もまわりも思うだろう。つまり、パソコンを使って仕事をしている以上、大事なデータのバックアップは常識なのである。そして、パックアップをとるときに、何かある事態を「想定」して、こんなことは起こり得ないからバックアップは必要ないというような判断をすることがあるだろうか。もちろん、いろいろ想定はするだろう。例えば突然電源が落ちてしまうとか、あるいは、突然間違ったキーを叩いて消えてしまうとか、考えるだろう。しかし、それはあくまでも「例」であって、最終的には、「何が起きるかわからないから、起きたときのために」バックアップをとっておくわけである。そもそもバックアップとはそういうことだろう。つまり、どのようなことが起きるからという「想定」をして、バックアップをとるわけではなく、想定できないことが起きたときのためバックアップをとるわけだ。

 つまり「想定外」のことに対して、あらかじめきちんと対応を準備しておくことが可能なことがあるのだということである。
 今回の震災でいえば、地震の強度を考慮して対応するという点についていえば、やはり「強度」を前提とした対応策をとらざるをえないわけだから、想定外のことについては、通常事前の対応はできない。堤防がかなり破壊されたが、これは「想定外の津波」だったから、仕方ないことだった。
 しかし、堤防が役に立たないような想定外の津波が来たとしても、それなりに準備できる対応策があることも否定できない。高いところに短時間で避難できる場所を確保するというのが、そのひとつになりうる。

 さて、今回の原発事故を考えてみよう。
 テレビや新聞などのメディアで、どの程度正確な情報が流されているか不明であるから、もちろん、間違ったことを前提にして書いてしまう可能性もあることは、自分でも自覚している。しかし、それは許していただきたい。

 まず、地震や津波での冷却システムの故障については、どうやら「想定内」であったらしい。だから、電気系統が故障したときに、バッテリーによる電気補給で、冷却システムが稼働したらしい。しかし、そのバッテリーが8時間程度しかもたないために、冷却システムが稼働しなくなったのが、この事態の最初の困難である。そして、次々と対策が後手後手になり、悲惨な状況になった。

 この場合、8時間のバーテリーを用意しておくことが、我々のレベルでのバックアップに相当するだろうか。もちろん、バックアップとは、システムが故障しても、仕事に支障がでないような条件をあらかじめ用意しておくことを意味する。原発のシステムを動かすことに必要なもの「すべて」がバックアップとして用意されていなければ、その被害が甚大であることを思えば、それは当然だろう。
 そのバックアップをとらないということは、以下のことしか理由はない。
 第一は、経済的理由である。確率的に極めて低い可能性しかない事態のために、多大の費用をかけたバックアップをとることは、避けたいということである。
 第二は、あるシステムが崩れた場合には、いかなる手段を用意しておいても、危険を回避することは不可能であるという場合である。

 私は専門家ではないので、第二の可能性については判断できない。もし、今回のような事態が起きたときに、費用を考慮せずにあるゆるシステム関連のバックアップをとっても、最悪の事態を防ぐことができないような状況になりうるというのであるとしたら、今後原発そのものをやめるという以外の結論はありえないように思われる。

 しかし、今回の事態については、むしろ第一の可能性が強いのではなかろうか。つまり、危険に対する費用をかけたくなかったということだ。東京電力の今回の対応を見れば、いかに経営陣が「経済性」の論理で動いているかが、すけて見えてくる。そして、原発推進派の人たちが、「わかっていたのにあえて黙っていた」ということだったとも感じる。今日テレビを見ていたときに、強く感じた。要するに「可能なこと」をしなかったという側面が少なからずあったと考えざるをえないのである。

 献身的に事態の打開に取り組んでいる作業員には、本当に頭が下がるが、事態が終息したときに、東京電力やメディア、政府関係者について、「想定外」であったといういいわけは決して許してはならないと思う。

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