教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 鉢呂辞任は、脱原発依存派の掃討?

<<   作成日時 : 2011/09/11 11:18   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 旅行にいっていたので、実はリアルタイムで理解していなかった。だから、いきなり鉢呂大臣の辞任が最初の認識だった。
 まだ詳細はよくわからないが、結局、脱原発依存派が、最終的に放逐されたという気がする。菅内閣の崩壊の最も重要な要因がそこだったし、今回の内閣で明確に脱原発を打ち出したのが、鉢呂前大臣だったからだ。

 最初問題になったのは、原発周辺は「死の街」という印象だという発言だった。これは、記者会見でのオープンな発言だったようだ。これに公明党が噛みついたという。しかし、その後「放射能を移しちゃうぞ」発言が出て、これで命運が尽きたということのようだ。

 しかし、この動きは、あまり納得できない。
 そもそも、何故「死の街」発言が、大臣として問題なのか。国の政策として、全く人が立ち入っては行けない地域なのだから、人がおらず、住めない「死の街」以外の何ものでもない。事実を語っただけのことだろう。事実を語ることは、「大事なこと」であり、事実を語って、それを共通認識にしなければ、適切な対応策は出てこない。この段階で、これを不適切発言とした人々は、真実を語ってはいけないと言ったも同然だ。

 だから、鉢呂氏をどうしても追い落とそうとした人たちは、「死の街」発言で、追い込めると思ったのに、反撃の可能性があるから、次の発言を出さざるをえなくなったのではないか。そして、「移しちゃうぞ」発言だが、これは、記者会見でのオープンな発言ではなく、鉢呂氏自身が、言ったことを明確には認めていないようだ。あるブログによれば、鉢呂氏の謝罪会見では、一部報道記者たちは、「勝ち誇った」ように喜んでいたそうだ。

 つまり、発言自体がデッチあげだった可能性もある。というより、むしろ可能性は大きいのではないか。今朝、テレビの報道番組をみていると、コメンテーターが、政治家としての不用意な軽い発言と批判していたが、ふたつの発言を区別せず、まとめて批判していたのが、いかにもという感じでがっかりした。東大教授でも、姜氏などこの程度なのか、という感じだ。

 記者会見でのオープンな、かつ問題というよりは当然な「死の街」発言と、本当にあったかどうかわからない、しかし、あったとしたら、極めて問題である「移しちゃうぞ」発言を、まとめて扱うこと自体問題であるし、ここにフレームアップ的要素を全く認識していないとしたら、研究者やジャーナリストとして、失格ではなかろうか。

 原発の牙城ともいうべき経済産業省の大臣として、適材適所として、脱原発依存派を送り込んだのだとしたら、野田首相は、綿密な行動の打ち合わせをして、行動し、かつもっと庇うべきであったろう。これだけ早く切ったということは、決して、混乱を招かないためというよりは、ああ、あいつは脱原発依存派だったのか、早く切っといた方がいいだろう、という判断をしたのかも知れない。そうすると、適材適所の意味も変わってくる。

 政治家の行動を監視することも必要だが、メディアの行動も監視する必要がある。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
鉢呂辞任は、脱原発依存派の掃討? 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる