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zoom RSS 平野大臣の「ばかなやつ」発言-人間失格は非難者の方ではないか

<<   作成日時 : 2011/10/19 11:42   >>

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 最近の自民党及びマスコミ、特に産経や読売のひどさにはあきれてしまうことが多い。もちろん、朝日がどれだけまともかは別だが。
 平野復興大臣の言葉がとりあげられている。「逃げずに死んだバカ」という表現が、人間として失格なのだそうだ。もちろん、その文脈にもよるが、「人間的感性」をもっていれば、この言葉が、軽蔑した発言でないことは明らかだろう。友人のことを述べたそうだが、「立場上逃げるわけにはいかず、仕事を遂行していたために、逃げられなかった、だから死んでしまったが、やはり逃げて生きてほしかったのだ、なんとバカなやつだろうう」という、友情のこもった言葉と理解できる。こういうことは、日常生活、特に家族の関係ではよくあることだ。もちろん、もっと注意すべきだったということはいえるかもしれないが、人間失格という非難は、まさしく、非難している人間の人間性を疑うようなことだ。
 もちろん、今回だけのことなら、メディアのひどさを批判する気にはならないが、鉢呂前大臣の例もあった。鉢呂前大臣は、「死の街」というごく当たり前の表現をして非難され、それでは辞任に追い込むことができないとわかると、「放射能をくっつけちゃうぞ」というような発言をしたとして、辞任に追い込んだのが、記者会見で当然名乗るべき状況で名前も明らかにせず、強引な質問をした記者だったようだ。この問題を追求している上杉隆氏によれば、これは鉢呂氏がいったのではなく、記者側の発言だったそうだ。もっとも上杉氏はその論証を正確にしていないので、断言はできないが、鉢呂氏本人が発言を否定していたことから考えても、事実に近いだろう。
 民主党政権が嫌いで、批判の立場で言論活動をすることは、もちろんかまわないし、私自身、民主党を支持しているわけでもない。しかし、言葉尻をとらえて非難するばかりの様相を最近は呈しており、しかも、その発言を曲解したり、また創作したりして非難するとは、政策の批判ができないからだと思われても仕方ないだろう。
 国民も、こうした言葉尻での非難ではなく、(そういうのは、もともと悪意のある非難であることが多い)政策的批判をしている議論を重視し、言葉尻の非難者にもっと厳しい目を向けるべきだろう。

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