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zoom RSS 創意工夫を生かした教育は、教師の自由の保障によってのみ可能である−−教育に関するメール3

<<   作成日時 : 2012/01/08 21:05   >>

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 新しい「学習指導要領」では、「生きる力」なる概念が非常に強調されていて、それは、一見PISAで重視されている課題を見つける能力などと重なるようにイメージされています。例えば、小学校学習指導要領の総則には、次のような記述があります。

 学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。その際,児童の発達の段階を考慮して,児童の言語活動を充実するとともに,家庭との連携を図りながら,児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない。

 しかし、こうした考え方が、本当に現場で活かされるような教育行政が行われているかというと、疑問に思わざるをえない局面がたくさんあるわけです。
 昨年、教育実習生の件で、ある小学校を訪問したときに、実習生が扱う領域を質問したところ、その学校には、年間の授業計画が詳細に書かれているパンフレットがあるということで、実習生に一部ずつ配布されました。そのような授業計画書をみたのは、その学校だけであり、他の学校ではそこまで詳細ではなかったのですが、しかし、次第にそのような傾向になっていることは感じられます。
 ではどういう授業計画かというと、月単位とか週単位ではなく、一時間一時間の授業内容が、すべて決められているというものなのです。従って、*月*日の*時間目の理科の授業は、教科書の何ページから何ページまでを扱い、どのような実験を行い、どのような内容を教えるか、ということまで、きちんと決められているわけです。そして、重要なことは、これが、実際に授業を行う教師によってではなく、管理職によって作成されたということなのです。実際に当該授業を行う教師が決めるのであれば、そうした詳細な授業計画は非常に有効であるといえましょう。しかし、まったく授業をしない教師がそのような計画を作成すること、そしてそれを実行しなさいと指導することは、実際の教室の実態とはかけ離れたものにならざるをえないことは、誰にもわかります。あるクラスでは、前の学年でやったことがよく理解されていないことがわかったら、やはり時間をかけて復習をせざるをえないでしょう。逆にかなり理解が進んでいれば、どんどん前に進めるのが効果的です。しかし、それは実際にクラスが始まってみなければわからないことです。

 このような計画は、「創意工夫を生かした特色ある教育活動」といえるのでしょうか。いくら管理職が創意工夫をしても、実際に授業を行う教師が創意工夫する余地がなければ、子どもにとっては、創意工夫を生かせる教師に教えられているのではないことになります。
 もちろん、すべての学校がこのような計画を作成しているわけではないし、教える教師自身が創意工夫する余地を大切にしている学校もあるでしょう。しかし、この計画を作成しているのは、「授業をしない主幹教員」が中心であり、そうした授業をしない管理職教員を増加させている文部科学省の教育行政のあり方は、このような計画を作成していることを模範とする、あるいは念頭においているものと理解するのが、自然でしょう。

 教師の主体性を削る政策の典型は、石原都政において進められた「職員会議での挙手・意見分布把握の禁止」でしょう。職員会議の位置づけは、戦後一貫した論争点だったわけですが、学校を適切に運営するためには、教員同士の意見交換や意見集約が不可欠であることは、自明のことでしょう。しかし、現在、法的には、(といっても国会で審議された法律ではなく、官庁である文部科学省が決めた省令によるものですが)職員会議を執行機関、補助機関とされています。つまり、決定権は校長にあり、校長の決定を実行するだけの機関というわけです。これを、極限まで実効的なものにしようというのが、東京都の教育委員会の指示であるといえます。しかし、教育はロボットにはできません。当たり前のことです。

 近年、経済の現場では、若者が指示待ち人間になっていることを嘆く意見が増えているそうです。また、主体的に取り組む姿勢が弱いとも。しかし、それは文部科学省の行政や教育委員会の政策が一貫して作り出してきたものなのです。そして、ますますその傾向が強まっていることを見逃すことができません。
 それにもかかわらず、学習指導要領などで、創意工夫をして、課題解決能力を高める教育をやるように指示しているのです。上に書かれた学習指導要領の文章は、確かに適切なものだといえます。しかし、それを実現するための教育行政は、逆の方向を向いているといわざるをえません。授業計画は、教師自身が作成し、授業をしない管理職の数を減らし(あるいはゼロにし)、そして、教師の声を中心とした学校運営を保障するようにしなければ、学習指導要領の上記の内容を実現することはできないでしょう。

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