教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 修学旅行費を利用した贈収賄を考える

<<   作成日時 : 2012/02/04 14:46   >>

ナイス ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

 2月4日の産経新聞(ウェブ版)によると、修学旅行代金をめぐる収賄容疑で前に中学の校長をやっていた人が逮捕されたという。家族旅行でハワイに行き、300万程度を旅行会社に負担させていたということだ。もちろん、それは、修学旅行の代理店指名の見返りとしてのものだった。
 記事によると、そうした行為は、監視が厳しくなっているとはいえ、まだまだあるし、また、旅行代理店の方も意図的に、便宜を図ることで、仕事をとるような営業を行っているところも少なくないということだ。

 そうした便宜は、結局、家庭が払った(あるいは公金である場合もあるだろう)部分が、割り引かれた形で使われるから、当然より充実したサービスな設備が可能になるのが、貧しいものになってしまうわけである。
 私の務める大学では、大きな事業は必ず入札を行うことになっているから、こうした不正は起きにくいと思うが、高校や小中学校では、入札は行われないのだろうか。公開入札で、きちんと報告がなされれば、こうした不正が行われる余地は少なくなるはずだが。学校も業者も双方が臨まないのかも知れないが、ここらは、近年よく設置されている学校評議会や学校運営協議会が機能しているのかどうかが、問われるところだろう。

 ところで、そうしたお金の流れの明確化というだけではなく、「修学旅行」という行事自体を検討する必要があるように思う。近年、保護者の希望もあるようだが、宿泊行事が、学校でだんだん比重が大きくなっている。子どもたちにとっては楽しいものであろうし、また、保護者にとってみれば、ある意味子どもの世話から解放されるわけだから、歓迎一方かも知れない。しかし、教師の負担は相当なもので、教師のストレス蓄積の大きな要因となっているものだ。そして、費用は基本的に保護者の負担だから、かなり大きな金額が動くことなる。自治体の施設を使用した林間学校のようなものであれば、業者が入り込む余地はないのだろうが、ホテル等を利用する修学旅行では、必然的に旅行代理店が介在することになる。不明朗な部分を生む必然性があるというべきだろう。

 そして、そもそも教師の大きな負担に値するほど、教育効果があるものだろうか。あるいは、かなり多様な家庭があるにもかかわらず、ほぼ義務的に参加させる必要があるほどのものだろうか。特に、中学の修学旅行は、以前から問題行動のきっかけになることが多く、そのための対策に教師は神経をすり減らしている。

 日本の学校は、「共同性」の名の下に、本来個々の好みに任せるべき領域を、強制的な教育の対象に編入してきた。給食や修学旅行はその代表的なものだろう。もちろん、それにはある程度の教育的意味が存在することは否定できない。しかし、当然あるものではなく、その必要性について、もっと自由な検討があってもいいのではないか。意見を求められたら、私は修学旅行は必要ないと主張するだろう。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
修学旅行費を利用した贈収賄を考える 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる