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zoom RSS 負けるべくして負けた小沢 本気度の相違

<<   作成日時 : 2012/06/22 20:11   >>

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 消費税をめぐる民主党内の攻防は、どうやら決着が見えてきた。もっとも、「事情通」なら、こんな結末は予定通りということになるのかも知れないが、しかし、逆に転ぶ可能性もあったとは思う。何故ならば、「大義」は小沢派にあることは、否定できないからだ。「消費税」をあげることについては、かなり多くの国民が仕方ないと思っているとしても、福祉にきちんと使われるとか、無駄な部分を削る(野田首相自身の言葉によれば「シロアリ退治」)などが前提であろう。しかし、三党合意では、それは全く無視されており、報道によれば、消費増税によってできた財源は法人減税に使われるという話もある。民主党の主張などは、まったく無視される形で進行するであろうことは、残念ながら否定できない状況になっている。「シロアリ退治」をかつて叫んでいた野田首相に「大義」があるわけがない。

 にもかかわらず、何故野田が小沢を押し切ったのだろうか。詳しい政治背景や党内事情はわからないが、結局のところ、野田の方が小沢より、「本気」だったということのような気がする。野田の「決意」を感じたのは、つまり、首相が本気になったら、多くは実現するのだから、現在のような結末になるのを予感したのは、小沢裁判で控訴されたときだった。検察役の弁護士たちが、政治的圧力は全くなかったなどと述べているが、そもそも、この裁判そのものが政治的圧力なのだから、政治的圧力によって控訴がなされたのは疑いないところだろう。多くの法律の専門家たちが、控訴しても勝ち目はないと語っていたにもかかわらず、控訴させたのは、小沢の政治活動に箍をはめるためである。最初の起訴もそうだろうが、当初から小沢の活動を制限するための方策を万全にやってきたわけだ。

 結局、小沢という政治家はそれをはねのけることができなかった。当初起訴が話題になっいたときも、小沢は、検察が起訴できないのだから自分は潔白だという説明で通してきた。一般人であればそうだろうが、政治家としては、納得できない説明だ。小沢の弁護論として、推定無罪を根拠とする評論家もいたが、政治家としての信頼は、積極的に自ら説明する必要とする。堂々と国会の証人喚問に応じて、潔白を国民の前に自ら述べることで、小沢潰しの策略をはね除けることはできたはずである。逆にいえば、それができなければ、政治家としての力量に欠けると考えざるをえない。

 この2年間の小沢の行動を見れば、野田に負けるべくして負けたと思う。「放射能を怖がって逃げた」というのは、実に馬鹿げた非難だと思うが、震災当時の小沢の存在感は確かに希薄であったし、「そうなのかも知れない」と思わせる要素がなかったわけではないだろう。今の政治家は、以前と異なって、前面にたって国民に主張・説明できなければ事態を打開できないのではないだろうか。
 

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