教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 多くの人は、安定した状態でこそ、仕事の成果をあげられる(橋下市長の感覚に?)

<<   作成日時 : 2012/07/11 22:33   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 橋下大阪市長は、よく市庁舎に来ず、そういうときには、ツイートするらしい。7月10日分のツイートがまとめて掲載されているので、読んだが、唖然とするような酷いものだった。http://blogos.com/article/42813/

 自分に対する批判者には、「現状を知らない」といって相手を非難するらしいが、とりあえず、「一般論」のレベルで考えてみよう。大阪に住んでいるわけではないので、確かに「現状」をよく知っているわけではないことは断っておく。

> 公立高校教員が教員の身分で決定された市政改革に口を挟むのは断じて許されない。教育問題なら許されるであろうが今回の件は、純粋な市政改革の話である。政治と教育の役割分担を完全に逸脱している。公立教員を辞めてから口を挟むべきだ。私立の教員や一般市民と、公立教員は立場が違う。

 どうも橋下氏は、公立高校教員は、首長の「家臣」のように思っているのだろうかと疑ってしまうような文章だ。「公務員は全体の奉仕者」とは憲法の規定だが、また、一市民でもある。公務員は市政改革に主張を述べてはいけないなどという規定がどこにあるのだろう。いうまでもなく、地方公務員法は、政党にかかわる政治活動の一部を禁じているのであって、政治的行為を一般的に禁止しているわけではない。もちろん、上司の職務命令に従う義務はあるだろうが、この場合は、それにあてはまらない。
>
> しかもこの公立高校教員は市政改革の内容について全く把握していない。何を言っても身分保障される立場で好き勝手無責任に市政に口を挟むのは越権だ。これは府教委の見解なのか、どうなのかしっかりと確認をする。知事、市長部局の職員なら他自治体の政策についてよほどのことがない限り口を挟まない。

 少し前に、質問で食い下がられた女性記者に「何もわかっていない」という悪罵をなげつけたのと、同じ論法だろう。

>
> こういう公立教員の実態だからこそ、大阪維新の会は、公立教員の非公務員化を目指す。身分保障のない厳しい環境の中で揉まれるべきだ。非公務員になったら、政治にガンガン口を挟めばいい。しかし、保護者から学校から排除されていくだろう。教員に公務員という身分保障はいらない。
> 私立の教員は公務員という身分保障なく、立派に教育をして下さっている。同一労働同一賃金、同一条件。教員の仕事をするには公務員という身分は必要ない。全ての教員は私立学校の先生のような環境で教育をしてくれたらいい。公務員の身分を有することで一部勘違い教員が生まれてしまう。
>
 自分の批判者たちに、「現場を知らない」などといって非難する橋下氏が、逆にこの程度の認識なのかとあきれてしまう。「私立の教員は公務員という身分保障」がないことは、当たり前のことだが、「私立の教員が身分保障がない」という認識をもっているのだろうか。私立の教員だって、身分保障はある。そんなに簡単に首を切ることはできないし、できるとしたら、まともな学校ではない。私も私立学校の教師だが、身分に不安を感じながら日々の実践をしているわけではなく、保障されていると感じているからこそ、努力できるわけだ。
 そもそも仕事というのは、例外はあるかも知れないが、一般的には、長期的に安定した地位が保障されるから、長期的な視野にたって、計画的に仕事に取り組めるものだ。教育という、直ぐに効果があがるものでもなく、長い指導があってこそ、子どもたちの成長発達を促進できる分野においては、尚更そうだ。
 身分が保障されていないというわけではないが、多くの自治体の小中学校の校長は、極めて短期間に転任する。それが、校長がリーダーシップを発揮して、優れた実践効果をなかなかあげられない理由のひとつと考えられている。何故教育行政当局は、校長をあのように頻繁に移動させるのか。おそらく、校長がしっかりと学校に根付いて、成果をあげることを、逆に行政当局は恐れているのではないか、などと勘繰ってしまうこともある。
 それはさておき、教育は長いスパンで考えねばならないものであって、それには安定した保障された地位が不可欠なのである。
 橋下市長だって、4年の任期が保障されていることを前提に仕事をしているはずである。
 もちろん、背水の陣という言葉があるように、自分をぎりぎりの状態においてこそ、成果をあげられるという場合もあるだろう。しかし、それは、よほどの資質と強い意思に恵まれた類まれな人の場合であって、また、橋下市長がそういう人物であると認めるにやぶさかではないが、数十万人もいる義務教育学校の教師一人一人にそれを求めるのは間違っている。「通常の人は、安定した身分があってこそ、しっかりと落ち着いて仕事ができる」、そして、それは私立学校の教師も全く同じなのだ。
 
> 多くの教員は頑張ってくれている。そして立派な先生は公務員という身分は必要ないし、むしろ邪魔なはずだ。頑張る先生には今の給料よりもっと給料をもらえるようにしたらいい。給与制度ももっと柔軟にすべき。しかしダメな先生には厳しく。また公務員でなくなれば、堂々とまともな政治主張もできる。

 この点については、次回に書く。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
多くの人は、安定した状態でこそ、仕事の成果をあげられる(橋下市長の感覚に?) 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる