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zoom RSS 二大政党制は合理的ではなく、こない方がよい(池上彰氏の文章を読んで)

<<   作成日時 : 2012/10/11 18:25   >>

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 日経のウェブ版に池上彰氏の「二大政党いまだならず」という記事が出ている。大学の講義録で、特別な主張をもっているわけではないようだし、戦後の政党の離合集散を分かりやすく解説しただけの文章だから、特に問題にすることもないのだが、この文章の前提となっている「二大政党が民主主義政治の基本」という認識から、できる限り早く脱しなければば、より民主主義的な政治は不可能なのだが、そうした認識を覆い隠すという点に、こうした文章の有害な面があると思い、書くことにした。
 学校の教科書にも、二大政党による政権交代こそが、民主主義の本髄であるような書き方がされる。しかし、いろいろな基準があるから、厳密にはいえないが、民主主義の実現度を示す指標で、二大政党制の大本であると考えられるイギリスとアメリカは、決して、民主主義度の高い国家ではなくなっている。私の認識では、民主主義度の高い国ほど、戦争をしないのだが、イギリスとアメリカは、もっとも戦争にかかわる度合いの多い「民主主義国家」である。イラク戦争を無理やり始めたのが、アメリカのブッシュとイギリスのブレアであったことは、記憶に新しい。スイスのシンクタンクが政治的透明度で評価している民主主義度では、アメリカとイギリスは先進国の中で最下位になっている。
 そして、この指標で上位を占めている国は、多くが多数の政党の連立政権の形をとっており、選挙制度は比例代表制である。
 学校の教科書では、比例代表制は、多数政党になり、政治が不安定になると書かれていることが多いが、そうした民主主義の度合いの高い国は、決して、政治的に不安定ではない。
 そもそも、政党とは何か、つまり、政党とは、社会的基本利害を実現するための政治的組織であるということを考えれば、二大政党こそが幻想に近いものがあり、多数の政党があることこそが、国民の民意に適うことは、合理的にいえることなのである。
 二大政党とは、国民の利害がふたつの大きな枠組みに分かれ、それが交代しても大きな混乱が起きない程度に近いものであるという状況が前提されている。しかし、そんな現実はあるだろうか。実は、国民の基本的な利害関係は、ふたつの枠組みではなく、もっと細かく分かれてるものであるし、基本的な生活形態とは異なる利害を感じる人たちもいる。資本家と労働者というふたつの枠組みを考えても、農業、商業、公務員など、重なるわけではない利害関係が存在するし、そうした基本属性とは違うレベルで、環境重視、自由時間重視等、それとして大きな利害関係社会を形成する軸もある。実は自民党や民主党は、そうした部分をいくつか取り込んだ政党と考えられ、だからこそ、ある時期には、派閥が生まれ、派閥の中により小さな単位の利害団体が吸収されていたと考えられるのである。しかし、今の民主党をみれば、基本的にかなり異なる集団を、政党はひとつであるという建前で、異なる集団の連携であればなされる議論や調整がなされないまま、指導部の意向で政党の決定が流されていくという状況が起きているようにおもわれる。これは、基本的な利害、理念、立場を明確にしたより小さな単位の政党を基礎にして、その合意形成が可能な範囲で連立政権を組むという方式の方が、時間はかかるが、安定した政治になると、考えられるのである。
 また、異なる側面として、日本の政治でもっとも重要な問題のひとつとして常にあった「政治と金」は、二大政党だからこそ生じるという側面もある。中選挙制は金がかかるので、小選挙区制度にし、二大政党になって政権交代した方が、金もかからないし、日本の民主主義が向上するというように言われ、小沢なども、その方向での改革を進めたのである。
 しかし、小選挙区による二大政党、そして政権交代は実現したが、満足した政治は実践されず、金の問題も一向に解決しない。ますます政治に金がかかるようになり、莫大な政党交付金が支出されるようになっている。
 少なくとも、完全比例代表制にすれば、選挙にかかる費用は圧倒的に少なくなるはずである。比例代表制は、基本的に党中央による政策論争が主となるはずであり、地域固有の状態を考慮した選挙戦ではなくなるからである。地域固有の問題は、それこそ地方自治の問題であって、国政が「地元べったり」の選挙戦にあることこそが、実はおかしいのである。そして、政策中心の選択がなさるようになれば、金のかかる選挙はかなりの程度軽減されるはずである。
 比例代表制は、政党を選ぶのであり、個人を選べないからおかしいという意見が散見されるが、そもそも現在の政治は政党によって行われるのであって、個人の力よりは、個人の力を政党という形で結集した力で行うのであるから、政党を選択することこそ、国政選挙の要請に沿うといえる。そして、なんといっても、死票という、もっとも民主主義に反する投票の扱いは、小選挙区制度がもっとも多く、比例代表制度がもっとも少ないことは、明らかなのだから、二大政党・小選挙区ではなく、比例代表・多数政党による連立こそが、安定した民主主義的政治の原点となるのであり、それを目指すべきなのである。
 もちろん、既存勢力の利害代表であるメディアはそういう主張をしないし、現在の民主主義的ではない制度で選出された議員たちからも、そういう意見は多数としては、出てこないのは、しかたないところだろう。だからこそ、池上のような人は、そのことをきちんと踏まえた議論を展開しなければならないはずである。
 もっとも、既存メディアのメッセンジャーであるとしたら、それも無理なのだろうか。

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