教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 漫画を注意され取り上げられた生徒が教師をさした事件を考える

<<   作成日時 : 2012/10/16 14:50   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

 愛知県の中学で、授業中に漫画本を読んでいて注意された生徒が、教師をボールペンで10回くらい指して怪我をさせたという記事は、今、学校における「懲戒」問題を考えているので、問題の性質を整理してみる必要を感じた。
 産経新聞10月15日付けによると、12時半ころ、漫画を読んでいた生徒を、何度か注意したがやめなかったので、教師が漫画を取り上げたが、それに怒った生徒がボールペンで刺し、教師は翌日警察に被害届けを出して、生徒は逮捕されたということだ。生徒は14歳だったから、刑事責任を負う年齢である。
 授業中だったということだが、インターネットで調べると12時35分までが4時間目の授業(ただし、この市のある中学の時間割で、学校名はわからないので、正確に同じであるかはわからないが、だいたい同じ市内であれば、だいたい時間は同じだろう。)の終わりころであったようだ。

 当然のことながら、少年が100%悪く、教師には100%罪はない。少年は法によって罰せられて当然であろう。
 しかし、それで済むのかといえば、もちろん、済まない。たとえ少年が罰せられても、教師としては注意することが、このままでは困難になるだろう。いつの時代でも、こうした少年はいるのかも知れないが、少なくとも自分が明らかにルールに反することをやっていて、それを注意され、なおかつやめないための対抗措置(取り上げる)をとられたのだから、悪いのは自分だという自覚はあるはずであり、正当な相手に傷を負わせるほどの攻撃をするというのは、以前はあまりなかったような気がする。
 何かが変わってきたのだろう。

 ところで、この生徒は、漫画を授業中に読むようなことは今回が初めてだったのだろうか。あるいは、何度も注意をしたというのだから、まわりの生徒たちはどのように対応していたのだろう。もし初めてそんなことをするような生徒であるならば、注意されていればやめるだろうし、また、まわりの生徒も「やめろよ」程度のことをいうだろう。想像に過ぎないが、この生徒はたびたびそういうことをしており、注意をされても無視していたと考えるのが自然であり、教師の方でも不快感が蓄積していたのではないだろうか。注意してもやめないというのは、教師にとって相当に不快であり、かつストレスになるはずである。仕方ないことだとはいえ、この教師も相当感情的になっていたのではないだろうか。こういう感情的なやり取りになる前のシステムが、日本の学校、あるいは教育法システムで機能しにくい状況になっていることが、気になるのである。

 日本の現在の法原則でいうと、こういう場合の対応は教師に委ねられていると考えられる。通常「事実上の懲戒」といわれる教師の懲戒権の発動によって事態をおさめるわけである。おそらく、多くの教師は、この教師と同じ対応をとるのではなかろうか。
 では、このような場面に直面した教師が、以下のように生徒に対応したら、どう評価されるのだろうか。

教師 今は授業中だから、漫画を読んではいけません。しまいなさい。(穏やかに)
生徒 無視
 これが数回繰り返された段階で、
教師 それをやめないから、校則に違反するので、校長先生の裁定に委ねます。処分されることになります。もしそれがいやなら、今漫画を読むのをやめて、しまいなさい。どちらにするか、あなた自身が決めなさい。
 そうして、そのまま漫画を読み続けたら、放置して、校長に報告して処分を委ねる。(校長はすぐに生徒を読んで、処分を考え、職員会議にかける。)

 おそらく多くの人は、そんなの教育的でないし、教師として無責任だと考えるのではないだろうか。しかし、私はこのようなやり方に移行すべきである、あるいは移行できないと、教師はますます困る事態が増えてくると考えている。
 周知のように、学校教育法が「懲戒権」を定めていて、校長と教師にそれを認めている。しかし、退学、停学、訓告という、法的な意味をもつ懲戒は校長にのみ認められいてる。教師は、教育活動のなかで、わるい行動をとったものを、例えば、立たせる、掃除をさせる、残す等々の罰を与えて、反省させるわけである。それを「事実上の懲戒」という。「漫画をとりあげる」というのは、もちろん、事実上の懲戒と考えられ、完全に合法的なものである。だが、この合法的懲戒行為こそが、多くの面で、教育活動に歪みを与えているし、今回のような事件も引き起しかねないことは、否定できないのである。
 そもそも、授業態度が悪い生徒に掃除当番をさせても、授業態度がよくなるはずがないし、忘れ物が多いといって、立たせても忘れ物をしなくなるわけではないだろう。事実上の懲戒など、ほとんど効果が期待できないのである。もちろん、皆無ではないだろうが。

 教育実践は本質的に非権力的な行為であり、権力的要素をもたない方が、効果的に行いやすい。懲戒は権力発動だから、その点で非教育的といわざるをえない。
 しかし、当然、学校という組織が機能するためには、権力的要素は不可欠である。しかし、その権力を教師が行使すれば、教育活動にネガティブである。とすれば、それは学校の管理者である校長が専ら担うというのが、最善の選択であることはいうまでもない。実際、通常の意味での懲戒は、校長だけが行なうことができるのだから、教師の懲戒は廃止して、懲戒は校長の専決事項にすればいいのである。
 そうすれば、上記のような対応が可能になり、教師は困難な解決策を回避することができる。

 しかし、そのためにはいくつかの前提条件がある。
 まず第一に、生徒及び保護者に対して、学校のルールを正確、かつその理由もふくめて、きちんと説明することである。おそらく、学校はたくさんのルールをもち、生徒手帳に書いてあるが、それを理由までふくめて、きっちりと生徒に説明するという作業は、実はほとんどなされていないように思われる。だから、生徒が手帳に書かれているルールを知らないまま過ごしていることが多い。もちろん、常識的に善悪の判断はつくのだから、通常の生徒は、ルール違反をあまりしないわけだが、そうでない生徒もいる。
 このルールの説明には、法もふくめるべきで、学校のルールや法に違反したとき、どのように扱われるのかという対応も、手帳等に明記し、正確に伝えておく必要がある。中学生に対してであれば、犯罪にあたる行為、暴力、傷害等をすれば、逮捕され、起訴されることもありうることを、できるだけ具体的かつ正確に伝える必要がある。
 第二に、校長がそうしたルール遵守のために全面的に責任を負うということを確立し、ルール違反に対しては、校長が対応しなければならない。教育行政は、校長の指導と責任の下に学校運営をする、というようなことを強調しているが、実際に困難なことがおきたときに、校長自身が責任をもって、果敢に取り組むということは、実は驚くほど少ないという印象をもっている。大津のいじめ事件をみれば、それは多くの人がうなずくだろう。校長の責任は、こうした学校運営に全面的な責任を負うことであり、授業中教師の指示に従わない生徒の指導は、第一に校長が負うべきなのである。
 第三に、そのことと同じだが、教師は「事実上の懲戒」をする権限をできれば、法的にもなくす、それができなければ、行使しないようにするということである。

 今回の事件でいえば、漫画を読むことをやめるように何度か注意してもやめない場合、そのまま放置することと、とりあげるという危険を冒すことによる結果と、どちらが全体として教室にマイナスかは明らかだろう。実際にこのように不条理に教師に襲いかかる生徒がいる以上、教師にとって危険をさける道でもある。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
漫画を注意され取り上げられた生徒が教師をさした事件を考える 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる