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zoom RSS 田中大臣の不認可問題2

<<   作成日時 : 2012/11/06 23:31   >>

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 今日、田中文相の不認可問題について書いたばかりだが、その後大きな進展があったようだ。つまり、「正式な不認可通知はしていないので、新しい基準で今年中に再審査して、認可の可能性がある」と文部科学省の前川官房長が述べたというのだ。不認可となった3大学側は「文部科学省から電話で不認可であるという説明があった」として、その詭弁性を非難している。
 田中文相の暴走、文部科学省官僚の収拾の模索、田中が折れ、妙な打開策の提示というような感じなのだろう。
 しかし、いくらなんでも酷すぎるし、再審査を述べたときにも、あっけにとられるような発言をしたとされる。

 「私が性急にやったわけではない」「(認可が決まった段階で)既に建物が出来ているのはおかしい。誰かが事前に情報を流しているのでしょう」 (読売2012.11.6)

 このように文相は述べたというのだ。これが事実であるすれば、(新聞は事実ではないことを書くことも少なくないので、100%事実とは考えていないが)まるでピントが狂っている。また、認可基準を厳密にしたいらしい田中文相の意思とは全く反対の意味をもつ発言だ。

 大学関連で、大学新設、学科新設などのときには、現在は緩和されているとはいえ、かなり厳格な審査があり、審査の途中で不十分な点があれば指摘され、対応しつつ修正していくのである。かなり時間がかかる作業であり、だからこそ、途中でも合格の予想がたてられる状況になると、学生募集事務がオーケーになるわけだ。
 そして、その際、建物がきちんと最低基準を満たしているか、資格のある教員が確実に準備されているか、図書や器具などがそろっているか、等々、がチェックされるのである。だから、認可の際に、建物があるのは、当たり前のことなのだ。
 もし、認可の際に建物がなくてもよい、あるいはないのが当たり前ということになれば、認可後、建物をそのままでは建てない可能性だってあるし、応募しよういう学生は何をみて受験を決めるのか。また、教員がそろっていないのが当然(そう語っているというのではないが)とすれば、実際に大学が始まったときに、教員がいないことだってありうるわけである。それでも、田中文相の思惑と全く逆に、実にいいかげんな大学が生まれる危険性が高まるではないか。
 このように、田中大臣の言説は話にならないというレベルだが、新しい基準で審査して、年内に認可するという糊塗のための策も、実におかしな話だ。設置の審査基準を、全く準備していない状態で、1カ月で制定することなどできないだろうし、また、きちんとした審査を新基準でやろうとしても、数カ月かかるはずである。

 とにかく、あまりの馬鹿げたやりとりに、うんざりした人も多いだろう。
 もっとも、これが認可されたとしたら、3大学にとっては、かなりの宣伝効果があったともいえるが、だからといって、田中文相に感謝することはないだろう。

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