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zoom RSS バブルの語り方

<<   作成日時 : 2013/01/15 11:22   >>

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 日経新聞に、池上彰氏がバブルについてのわかり易い解説を書いている。東工大での講義録だそうだ。自由な立場で論じることができる池上氏だけあって、アメリカへの遠慮(従属)からバブル被害を大きくしたことが指摘されていて、一般メディアのような曖昧な記事になっていないが、それでも重大なことが看過されているように思われる。つまり、こうした当時メディアや財界等にいた人は、バブルをお金が過剰にあった故の現象で説明するのであるが、お金が有り余っている立場にいたひとたちは、当たり前のことだが少数派なのだ。お金などない人にとってバブルが何だったか、そういうことを論じるひとは非常に少ない。

 私はバブルにほとんど関係ない生活をしていた。ただ、池上氏が書くように、バブルがはじけて初めてバブルだったことに気づいたなどというのではない。バブル進行中からその異常事態には十分に気づいていた。そして、あやうくその被害にあうところだった。
 
 ある事情で、住居以外に部屋が必要となり、近くにあった当時住宅公団の一戸分を買うことになったのだ。3DKの小振りのものだったが、新築で売り出されたころは450万だったそうだ。売り出しはその10年くらい前のことだ。そして、買うときには、900万くらいだった。まあ、不動産は少しずつ値上がりするものだから、そんなものだと思っていた。もっとも、それとてもある意味バブルの影響が少し出ていたのかも知れない。ところが、購入半年後、不動産屋で広告などを見ると、同じ物件が1700万になっていたのだ。わずか半年の間のことだ。
 もし、私の買う前に1500万くらいの一戸建ての住宅があったとして、少しお金の工面をして実際に買おうと思ったら、それが3000万以上した、というような事態がたくさんあったということだ。もちろん、3000万になっても問題なく買える人もいたろう。しかし、そんな人が多数派であったはずがない。バブルというのは、浮かれていたひとたちの影に多数の買えるはずのものが買えなくなってこまったひとたちが大量にいたのだ。メディアは異常な景気のよさに浮かれていた。だから、そういうひと達の姿は見えなかったのだろう。

 今の若いひと達は、バブルといっても、実感がわかない。話を聞いて理解するだけだ。だからこそ、どのような側面を語るが重要な意味をもつ。バブルをお金あまりで景気がよかった時期、はじけてだめになったという側面だけで語ってはならない。バブル絶頂期にこそ、バブルのおかげで困難に陥ったひと達がたくさんいた時代であったのだ。

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