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zoom RSS 全国学力テストの公表の仕方の問題

<<   作成日時 : 2013/08/29 22:44   >>

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 先日全国学力テストの結果が公表された。しかし、その公表の形は如何にもおかしなものだ。県別に、平均を超えているか、下であるかをだしている。そもそも学力テストは何のために行っているのか。子どもたちの学力の状況を正確に把握して、より効果的な教育法を模索するためではなかったのか。それならば、平均の上下で示すのではなく、達成度を基準にして示すべきである。厳密なものではないにしても、それぞれの問題、そして全体的な達成度を満たしているかを示すべきである。すべての県が基本的な達成をしているなら、非常に好ましいことだし、現在の教育がうまくいっていることになるだろう。しかし、平均を基準にその上下を示すならば、必ず上位と下位にわかれ、下位の県ははっぱをかけられる構造になる。
ではなぜ文部科学省は平均で表すのか。それは明らかに競争を刺激するためである。つまり、できたか、できなかったではなく、勝ったか、負けたかを示すことによって、勝たねばならない、負けてはいけないという競争に県を巻き込む意図がある。何故そのように断定できるのか。それは、いつかきた道だからだ。1960年代に行なった全国学力テストが長期的な廃止に追い込まれたのは、県単位の競争が激化して、不正が横行し、それに対する批判が強まったからである。日教組の反対運動は、その不正を浮き立たせたに過ぎない。日教組の反対は、そもそも全国学力テストの実施スタイルが、不正を必然的に起こすようなものだったから、それなりの影響力をもったといえる。
 そのような歴史がある以上、競争的な意図をもって結果を公表すれば、不正が起きることは、避けられない。実際に、既に不正は起きていると言われているし、また、この全国学力テストではないが、東京の学力テストで、足立区の不正が発覚したのは、記憶に新しい。足立区の不正行為も、順位をつけられたからである。今回は順位を公表しているわけではないという反論もあるかも知れない。しかし、競争的であることに変わりはない、実際に以前、秋田県が一位などという事実が知られることなった。下位も同様である。
 本当に学力を向上させようと思ったら、やはり達成度を基準にして、それぞれの県なり、市町村なり、あるいは学校なり、個人の状況を適切に情報提供すればいいのである。それをやらず(個人への情報のフィードバックはほとんどないそうだ。)競争を刺激する方法をあえてとり、そして不正が生じさせるのだとしたら、一体文部科学省の「道徳教育」とは何なのかという疑問も生じてくる。
 また、そうしたことに全く疑問を提示しないメディアの感覚もどうなっているのだろう。もちろん、不正でもでてきたら、早速大々的に取り上げるのだろうが。

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