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zoom RSS 論文撤回後、理研調査委員会はどうするのか

<<   作成日時 : 2014/03/16 13:41   >>

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 STAP細胞問題は、私自身文系なので素人だが、論文のあり方等については、非常に関心がある。現在の関心は、理研は、論文撤回後も、調査を継続するのかという点である。14日に行われた中間報告会は、最終的な調査をしないためのアリバイ作りだった可能性を感じる。
 14日の報告会の趣旨は、第一に、論文の調査委員会は、論文に不正があったかどうかに限定して行われており、科学的な問題については、科学者の検証に委ねるということ、そして、第二に、不正の可能性は6点あるが、2点についてはシロである。しかし、他の4点についてはシロとは断定できないので、まだ調査継続中である。第三に、論文自体は、そもそも体をなしていないので、撤回を求めている。ただし撤回自体は著者たちの意志によって行われるべきである。第四に、今後ネットワーク時代を踏まえた論文作成のあり方等について、教育を強化していく。以上のような内容だった。
 ところで、すでに主要な著者たちは、撤回の意志を表明しているのだから、近いうちに論文は正式に撤回されることになるだろう。その場合、調査委員会は調査停止をするのではないか、あるいはそれが適切なのか、という問題が気になる。論文が撤回され、なかったことになれば、わざわざ不正を他人が詮索する必要はなくなってしまう。ないものの不正を追求しても仕方ないからである。それはそれとして、理屈として成り立つだろう。その場合、著者たちが、自発的に撤回したのであるから、理研としてはそれを承認する、もし撤回しないのであれば、さまざまな問題が指摘されているので、調査する必要があるが、著者自身が撤回したのであれば、著者として指摘を受け止めたのだろうから、組織として云々することはできないということになるのも、不自然ではない。
 私が、違和感を感じるのは、最初からそのようなレールを敷いたのではないかとことである。明らかに、世紀の発見は、理研としての業績であるように公表した印象がある。しかし、問題を受けとめるのは個人だとして、個人に責任を押しつける。それで済ませる、というのは、多くの人がしっくりこないのではなかろうか。
 
 論文の内容については、科学者たちの検証に委ねるのは当然のことだろうが、少なくとも、理研としてのチームが主要に関わり、理研の成果として公表した以上、「不正」問題は済だとしても、なぜ、このような不完全な論文がそのままネイチャーに投稿されることになったのか、今から考えれば、気づかなければならないような問題が、なぜそのまま素通りになったのか、というような、研究体制上の問題については、検証する責任が理研にあるような気がする。中間報告会では、その意味での検討課題が設定されていなかったことが、非常に気になるのである。

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