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zoom RSS 週刊文春人質事件報道の検証(2.19号)

<<   作成日時 : 2015/02/28 06:45   >>

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 イスラム国の報道もめっきり少なくなってきた。酷い報道統制が行われて、どんどん事態がわからなくさせられてきているし、大手メディアはその片棒を担いでいるわけだが、それでも、何となくメディア人の迷い、あるいは鬱屈した感情が現れて、批判的に読めば、書いてあることとは違うことが真実なのだと感じさせることもあるようだ。
 遅まきながら、前の新聞記事などをダウンロードして、少しずつ、どのような報道がなされ、それがどのように変えられてきたのかを確認しているのだが、「週刊文春」2015.2.19は、そういう意味でとても興味深い。
 全体のテーマは「イスラム国8つの謎」というのだが、その中の「オレンジの服で殺されなかった人はいない、官邸・外務省で検証『交渉決裂』内幕」と題する部分が考えさせる。
 政府のごまかしのひとつに、官邸・外務省がいつの段階で、後藤健二氏の拘束を知ったのかという点があるが、この論点に注目して読むと文春の記事はとても面白いのだ。
 まずは、12月3日に、「後藤健二の身柄を預かっている」とのメールが夫人に届き、翌日、斎木昭隆事務次官が官邸に報告したという、政府関係者の談話を伝えている。もちろん、当初から丁寧にフォローしていた読者ならば、身柄を預かっていることと身代金の要求が11月にあったと報道されていたことを知っているだろう。(毎日2015.1.21)拘束しているのがイスラム国であると知ったのは、今年の一月になってからだという政府の答弁が続くことになるのだが、これらは、とうてい信じることができないということは、文春のもうひとつの論点との絡みでわかる。
 それは、後藤健二氏のイスラム国行きを、外務省が止めたのかどうかという点である。
 この記事の最後に、外務省幹部の反応として「行くなという所に勝手に行って、税金を使って。しかも(後藤さんの)お母さんは安倍政権を批判する。こちらはやる気はなかったけど、必死にやったんだ」という言葉で締めくくれらている。これが、3回止めたという外務省の説明と呼応しているわけである。しかし、この文章の前のほうに、11月1日に、夫人が外務省中東アフリカ中東第一課に「夫がシリアに行ったきり帰ってこない」と相談し「とにかくメディアから守ってください」と頼んだという部分がある。これは以下のことを示している。
 最初に夫に何かの危険があったと夫人が感知したのが、11月1日であることを示しているのであるが、これまで何度も放映されているように、後藤氏は、10月24日にイスラム国に入り、その際、シリア人ガイドに、1週間たって連絡がなかったら、何かあったと家族に伝えてくれ、と依頼したとされるのだから、この夫人への連絡はこのシリア人からの連絡であったと考えられるのであり、その場合、当然、何かあったのがシリアではなく、イスラム国であったことが知らされているはずである。外務省にすぐに相談したのだから、当然外務省は後藤氏がイスラム国に拘束されたことを知り、官邸に伝えたはずである。更に、本当に外務省が後藤氏がイスラム国に行くことを3度も止めたのならば、後藤氏の身に危険があったのは、イスラム国であると直ちに察知するはずである。夫人は、更に、「メディアから夫を守ってくれ」と頼んでいる。そもそも、外務省に対して、メディアから守ってくれ、と通常の人が頼めるものだろうか。しかも、メディアが後藤氏を守ったやり方は、半端なものではなく、イスラム国の映像が出るまでは、まったく報道されないようにし、(メディア関係者で、拘束を知っている人達は少なくなかったようだ)映像が出てからは、守るどころか聖人のごとく持ち上げたのである。これは当然、メディアへの政府の誘導の結果であることは間違いない。もし、本当に、外務省の制止を3度も振り切って出かけたのならば、それこそ「自己責任論」をかざすだろうし、あそこまでメディアで後藤氏を守るのは、いかにも不自然である。政府が後藤氏を守り、礼賛したのは、外務省が3回止めたからではなく、その逆だろうと解釈するのが自然である。「世に倦む日々」のブログ主は、後藤氏が外務省から任務(湯川救出)を与えられて行ったと解釈しているが、その方が合理的に事態の推移を理解できる。(この点については、腑に落ちない点もあり、後日考えたい。)
 この文章には、もうひとつの疑問が残る部分がある。それは、あちこちで報道されているが、後藤氏は解放される寸前までいったが、イスラム国内部の対立で結局だめになり、殺害されたという話である。文春では書かれていないが、後藤氏とヨルダンで死刑判決を受けているサジダ・リシャウィも国境付近まで、交換のために移送されたなどという話もでている。
 しかし、この話は、冷静にみれば、ありえないと考えざるをえない。
 文春の記事では、「実は官邸は、イスラム国にパイプがあるトルコルートを使っており、この日、後藤さんを解放させることができそうでした。実際、在トルコ日本大使館の職員が国境の街アクチャカレまで行っています」とまで書いている。職員がアクチャカレに行ったことが事実だとしても、それが「解放寸前」であった証拠には全くならない。
 この話がありそうにないことについては、いくつもの合理的な根拠がある。
 まず、「オレンジの服を着て、殺されなかった人はいない」「やる気なかったけど」というキーマン、外務省幹部の発言でわかるように、真剣に解放のための努力をしたようにはみえないだけではなく、安倍首相のもっとも重要な相談相手がアメリカとイギリスなのだから、日本側としてやれる唯一の交渉手段である「身代金」での交渉をするはずがない。
 第二に、後藤氏との交換条件が、ヨルダンで拘束されている死刑囚との交換であり、もちろん、それは日本政府がだした条件ではないし、また、それに対して日本がヨルダン政府に対して要求できる立場ではない。まして、トルコ政府の仲介が成立する余地などありえない。
 第三に、ヨルダン政府が主張していたヨルダン人パイロットのカサスベ氏については、ヨルダン政府が妥協する余地はなかったと考えられる。ヨルダンの王政は、強固な安定した基盤をもっているわけではなく、一歩間違えば、王政そのものが危うくなる状況であったとされている。そういう意味では、パイロットの解放抜きに、後藤氏と死刑囚の交換をヨルダン政府が承知する余地などなかったはずである。
 第四に、しかも、実はパイロットは既に殺害されており、そのことをヨルダン政府は把握していたということなのだから、ヨルダン政府が死刑囚を刑務所から出し、他に移送することなど考えられない。ヨルダン政府は、あくまでもパイロット第一を貫いたという姿勢を国民に示す必要があったと解釈できる。
 従って、「という話がある」という伝聞だけで語られている、この解放寸前話は、単なる「噂」であり、真実性が皆無である。誰もが論証できない話であるために、国民の希望に訴え、かつ、政府が努力していたというイメージをつくりだすために創作された話であろう。
 メディアがイスラム国話題を取り上げなくなったのは、安倍政権にとって、深く追究されることが不利な話題であり、しかも、二人の殺害によって、安倍政権がもくろむ集団的自衛権の法制化や自衛隊の恒常的派遣への道筋に利用できる要素として、十分に効果を果たしたものとなったからである。だからこそ、今後も、政府によって与えられる情報と、それにのったメディアの報道の内部矛盾を検証していく必要がある。

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