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zoom RSS 上村君事件のターニングポイント

<<   作成日時 : 2015/03/03 22:38   >>

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 川崎の事件は、多くの人が様々に書いている。私がいつも「思考」として行うのは、「ターニングポイント」である。大学の授業でも、学生たちとその点で議論する。一連の流れの中で、どの時点で、誰が、違う形で行動すれば、この事件は起きずに済んだのかという思考実験である。もちろん、それは事態を変えることはできないが、類似の事件を起こさないために、何が必要であるかを考える上で不可欠の作業であろう。
 上村君の事件では、最大のターニングポイントは、警察の行動だったと思う。上村君が暴行を受けていることを知った、以前のグループのメンバーが、18歳少年の家にいって、少年に抗議をしたとき、驚いた少年の父親が110番をしたので、警察がきて、仲介をしたという。朝日新聞の報道によると、そのとき、警察は、少年のスマホを借りて上村君の電話し、状況を上村君に確認したところ、「大丈夫だ」との回答を得て、引き上げたとされている。
 このことが本当であるとしたら、警察のとった行動は、重大な誤りだったといえるだろう。
 いじめの被害者が、教師に相談にきたら、教師はどういう対応をとるのだろうか。被害者の様子、加害者とされた人の普段の様子、いじめの内容等によって、対応は異なるだろうが、少なくとも、明確にさけるべきことはある。それは、加害者を呼んで、「**をいじめているのか」と確認することである。もっとも、これをやるべきだと考える教育関係者もいるので、いじめの被害が拡大してしまうことも少なくないのだが。
 いじめの実態を確認することは必要だろうが、そのために、単刀直入に加害者に確認をすれば、被害者が「チクった」と捉え、更にいじめを激化させる危険性がある。
 逆に、第三者が、いじめがあり、被害者は**であると教師に告げたとき、被害者とされた生徒を呼んで確認したときに、その生徒が、「いやいじめられていない」と答えたからといって、それをそのまま信じるわけにはいかないことも明白である。その教師を全幅に信頼していれば、いじめられている事実を述べるだろうが、呼ばれて初めていじめについて語るとすれば、全幅の信頼がないわけだから、その後の教師の行動に不安をもつ。だから、味方であることを告げ、当人の意思を全面的に守ること、そのなかでどのように対応したらよいかを相談すること、信頼でき、協力してくれる友人を一緒に確認すること、等々、やることはたくさんあるだろう。
 件の警察は、「してはいけない」ふたつを同時にやったと解釈されるのである。報道によって詳細は書かれていないが、想像すると、110番でやってきた警察は、グループのいうことを聞いた上で、少年に、上村君に暴力を振るったのか、と聞く。少年は、そんなことはない、彼に確認してくれとスマホを渡す。警官はそのスマホで上村君に電話をかける。上村君は、当然、少年からかかってきたと思うが、出たのが警官でびっくりしたろうが、当然そこに少年がいるわけだから、「暴力を振るわれて、殺されるかも知れない、怖いから離れたい」などというはずがなく、「大丈夫」と答える。つまり、そのまま信じるわけにはいかない内容を、当たり前のように答えたわけである。
 ところが、警察は、大丈夫という言葉で安心して、そのままにして去ったという。普段事件を扱っていて、まともに考えることができる人ならば、上村君が極めて危険な状況に置かれていることを理解したはずである。だから、積極的に上村君を守る措置をとる必要が絶対にあったし、また、その措置が、少年を殺人犯にしないための措置でもあったことになる。
 周囲が何かできたはずだ、ということは、他にもあるだろう。しかし、ここが最も重要な「ターニングポイント」であったことは、間違いないと思われる。

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