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zoom RSS シャーロット問題で考えたこと

<<   作成日時 : 2015/05/08 16:53   >>

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 高崎山で生まれたサルに、イギリス王室の新王女と同じ名前「シャーロット」をつけたところ、不謹慎だとか、失礼だとかの批判が殺到しのだそうだ。英王室は、どんな名前をつけようと自由という立場をとっているのだそうだし、また、当初は批判が圧倒的に多かったのが、だんだん肯定する投書も増えてきたという変化もあるそうだ。
 どうでもいいような問題だが、ある意味文化的相違を表していて興味深い。
 名前をつける際に、過去の偉い人、模範にしてほしい人の名前をつけたいと思うのは、日本でも欧米でも同じだろう。ただ、日本人の名前は、多くが漢字二字を組み合わせているので、偉い人の名前をそのままつけるのではなく、一字だけ拝借するという形が多いように思う。中級の偉い人の名前はそのままつけることはあるが、国家の最高位の人物の名前をつけることは、日本的習慣としてはほぼ避けられるのだと思う。私がこれまで生きてきたなかで、名前が、「鎌足」「道長」「頼朝」「尊氏」「信長」「家康」というような人に出会ったことがない。特にこれらの名前は、もともと独特のものだということもつけない理由になっているかも知れない。「博文」にはけっこう出会ったが、あまり独特の名前ではなく、ありふれているからか、あるいは、伊藤博文が、信長や家康レベルに比べると、かなり落ちる指導者だと思われているからか。日本の総理大臣などは、最高権力者のイメージがないからかも知れない。
 つまり、日本では、皇室、将軍などの名前をつけることは、不遜だというイメージがあるように思う。だから、「道」「頼」「尊」「信」「康」などの一字をとってきて、別の字と組み合わせるわけだろう。
 しかし、西洋の名前は、日本の名前のように、分断して使用するようにはできていない。あくまでもひとつの名前として完結している。ジョンの「ジョ」だけとるわけにはいかない。偉い人の名前にあやかるということになれば、そのままつけることになる。もともとは、聖書由来の名前が多いようだが、ジョン、ヘンリー、ニコライ、エリザベス、メアリーなど、王や女王の名前でもあるが、普通の人の名前としてもありふれている。長年そうやってつけてきたから、問題を感じることもないのだろう。また、元々聖書由来だとすれば、神の下には、王も一般市民も平等という意識があるのかも知れない。少なくとも名前をつける場合には。

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