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zoom RSS ギリシャ問題を考える

<<   作成日時 : 2015/07/08 19:02   >>

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 私は、経済の専門家ではないが、昨今のギリシャ問題に関する報道に大きな疑問を感じる。ギリシャの債務問題は、国家間(国際)問題なのか、国内問題なのか、その把握の仕方でかなり考える方向が異なるのではないかと思われるが、ここを区別せずに、つまり、国家間問題であるという前提での議論、そして、その前提が正しいのかを検討しない議論が多い様に思われる。(もっとも、ほとんどの報道を見ているわけではないが。)
 私が考えるには、ギリシャ問題は、ギリシャという独立国家でありながら、EUという連邦国家形成の過程で起きている問題である。
 単純に日本に当てはめて考えてみよう。
 江戸時代に大名領地によって国内が分割されていたときには、もちろん江戸に権力の多くが集中していたけれども、藩内の政治は藩の領主が行っていたのであり、地方だから単純に貧しかったわけではない。むしろ、幕末に倒幕で大きな力を振るった大藩は、江戸から離れたところにあったが、極めて豊かな藩であった。しかし、日本という統一国家が建設されるにしたがって、そうした大藩も次第に「地方化」し、特に戦後になって、東京一極集中体制の中で、ほとんどの富は東京に集中し、地方の多くは過疎化して、経済的な弱者になっていった。かつての大藩も今はその面影はないだろう。分国状況が集権状況になれば、多くはそうした過程をとるだろう。
 しかし、その中でも多くの貧困弱体化した地方が、それなりに生き残っていくための国家組織としての助成方式が実行されている。国庫補助や地方交付税交付金などは、国家的な規模での所得再分配的な仕組みといえる。つまり、豊かな地域から、貧しい地域に富の還流を制度として行っているのである。この場合の補助金や交付金は、借款ではなく、返還不要な資金である。もちろん、地方債のように、地方が独自に借金をする形もあるし、それが返済不能になって、破産する地方も皆無ではないが、多くの地方は国家的支援システムの中でなんとかやっているのが実情だろう。
 さて、EUは完全な集権的な国家ではないが、次第に統一的な国家の仕組みが導入されている。その中で、統一的な基準や規制が機能している部分がでている。ユーロも広い意味ではそうした統一基準の貨幣システムである。その結果、分権国家が集権国家になるにしたがって起きる富の特定地域への集中現象が、やはりEUでも起きているわけである。どの程度の割合で、ギリシャの困難の要因となったかは、私にもわからないが、アテネオリンピックの際に、多くの工事が発生したわけだが、かなりの部分をドイツの企業が受注したと言われている。アテネオリンピックだから、費用負担はギリシャが行い、その負担によって行われた工事をドイツ企業が行うことによって、ドイツが利益を得たわけである。EU内部の経済の自由化が進んでいる以上、優れた技術をもったドイツ企業が受注することは自然なことなのだろう。こうして、東京に富が集中する現象が、EUでも起きたわけである。
 しかし、他方、地方交付税のような、豊かな地域から貧しい地域に再分配される仕組みは、EUには存在しないのだろう。EUの銀行の支援も、基本は借款であり、返済する必要がある。IMFは尚更のことだ。更に、独立国家での貨幣システムなら、為替相場の調整によって、ある程度の危機回避ができるが、それもユーロという統一貨幣であるために不可能になっている。
 つまり、現在のEUは基本的に中央(経済強国)に有利で、不利な弱者を救うための、再配分的なシステムが存在しないのである。ギリシャの抵抗は、おそらく、この点を提起しているのではないかと、私には思われる。EUは統一国家の形を目指すならば、統一国家としてもたなければならない、持続可能性のための再分配機能を持たねばならないのではないだろうか。

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