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zoom RSS 岩手のいじめ自殺で考えること(2)まだ事実は見えない

<<   作成日時 : 2015/07/10 09:05   >>

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 岩手県矢巾町のいじめによる自殺に関する情報が錯綜している。昨日(7月9日)の読売新聞には、以下のように報道されている。
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岩手県矢巾(やはば)町で5日、同県紫波(しわ)郡の中学2年の男子生徒(13)が電車に飛び込んで死亡した事故で、男子生徒を巡ってクラス内でトラブルが何度かあり、担任が仲裁や注意をしていたことが9日、同じ中学の複数の生徒への取材でわかった。
 生徒の一人によると、死亡した男子生徒は4月以降、特定のグループから頭をたたかれたり、髪の毛をつかまれて机に打ち付けられたりしていた。担任がこうした行為を見つけ、グループの生徒らを注意したこともあった。取材に応じた生徒は「(担任が教室とは)別の部屋に連れて行って叱っているのを何度か見た」と話すが、グループの態度はその後もあまり変わらなかったという。
 別の生徒も特定のグループが男子生徒の机を蹴るのを見たが、「怖くて何も言えなかった」と話す。死亡した生徒が、泣きながら担任に相談しているのを見たこともあるという。ある生徒は担任について、「優しくて、いい先生だった。生徒から慕われ、相談にもよく乗ってくれた」と取材に答えた。
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 しかし、毎日新聞の報道では、担任は、学年主任にも、校長にも報告していなかったとされ、また同僚教師たちも聞いたことがないと報道している。
 このふたつの情報のギャップは、そのうち真実が明らかになるだろうが、やはり、情報の受けてとしては、かなり注意する必要があるだろうと感じる。はっきりしていることは、担任の声は、直接報道されていないということである。うがった見方をすれば、実際には報告をうけていたのに、知っていたら問題になるから、それぞれが知らなかった、報告を受けたことはないと弁明しているのかも知れないし、実際に、聞いたことがないのかも知れない。そして、実際に報告がなかったとしても、担任の怠慢であると直ちに決めつけることもできない。つまり、管理職や同僚教員たちが、関与したくない、学級の問題は学級で解決せよ、という雰囲気だったかも知れないし、また、学校全体が荒れていたために、もっと大きな問題があって、そちらに対応が集中していたという可能性も皆無ではない。
 常識的に、あれだけのノートの内容を読んで、担任教師がコメントしつつ、なにも対応しないとは考えにくい。そういう点では、読売の記事は、ある程度納得できる点がある。
 ノートがメディアに流れた経緯も、考えさせられる面がある。
 おそらく、夜に自殺をしているので、ノートを本人が持ち帰った段階であるので、家にあったのだろう。それを親がみて、新聞社に渡したのだそうだが、通常ならば、一端学校側と話し合いをして、そこで校長や管理職に見せるのではなかろうか。その話し合いでらちがあかない、学校側に誠意がみられないということでメディアに渡すことは納得できるが、どうもいきなり渡していると思われるのである。
 普段から、学校不信がこの親にあり、学校と話しても意味がないと考えたのだろうか。それとも、他の意図があったのだろうか。ここは、不可解に感じる点である。
 もう少し、正確な情報、あるいは多様な情報が出ることを待ちたい。

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