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zoom RSS 18歳選挙権と高校生の政治活動

<<   作成日時 : 2016/01/22 21:09   >>

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 選挙権が18歳以上になり、様々な議論を呼んでいる。どのようにして、若者たちに政治に対する関心をもたせ、投票してもらうかという議論が中心だ。しかし、忘れられていることが多い観点がある。それは、文部省は、1969年から、一貫して高校生の政治活動を禁じてきたという点だ。つまり、政府が、若者に対して、政治に対する関心をもつことを禁じてきたのである。
 慌ててなのか、昨年の秋に、文部科学省は、学外に限って、政治活動を認める通達をだし、1969年の通達を一部修正した。しかし、「違法な」とか「暴力的な」ものは禁止するとか、あるいは、地方によっては、政治活動の届出制を検討しているのだとか。違法な活動とか、暴力的な活動は、わざわざ政治活動の許可に付随させることはないのであって、いかなる場合でも、違法なことや暴力が許されないことは自明のことである。わざわざそのように「断り書き」をいれることは、本当は政治活動などしてもらっては困るという意識があるからだろう。
 これまでの政治活動禁止と、政治への関心はもて、18歳で投票の権利があるというのは、全く泳ぎを禁止しておいて、水泳大会になって、いきなり泳がせるというような始動を想定すればわかりやすい。いかに馬鹿げた政策であったか、わかるだろう。
 ところで、1969年の通達は、実は非常に大きな政策的効果をもった。通達はその狙いをほぼ確実に達成してきたのである。つまり、中学生はもちろん、高校生たちは、政治に無関心になり、そして、民主主義や権利についての理解が非常に表面的なものになり、ただ現状を肯定する姿勢が強くなってきた。教職を学んでいる大学生が、「基本的人権」の部分を教える模擬授業などをすると、それは実によくわかる。ほとんどの学生は、「権利」が実際の社会において、どのように問題となるのか、まったく考えたこともないのだ。もちろん、憲法学習で、基本的人権を学んできたのだが、あくまでも、何条にどのような権利が規定されているかという「知識」を学んできたにすぎない。
 18歳に選挙権の年齢を下げたのは、そうした青年の意識を感じたからであると、私は思っている。
 しかし、それでも、年齢を下げ、高校生に、学外であるにせよ、政治活動の禁止を解除したことは、積極的な意味をもつだろう。毎日新聞は、安保法制反対のデモに参加する高校生の様子を報道しているが、このような活動は、今後広がっていくだろう。そして、高校生の学ぶ権利の状況や、貧困などに対して、異議申し立ての活動をする高校生も増えてくるに違いない。そうしたなかで、これまで知識としてのみ勉強してきた「権利」を、実際的な意味を含めて、実践的に学んでいく若者が増えていくことによって、政治が変わっていくことを期待したい。
 ただ、学内における政治活動を禁止している点では、変わりない。もちろん、政治活動は、基本的に学外で行われるものだろうが、学内の政治活動を禁止している意味は、おそらく、生徒会の位置づけを変えないことなのだろう。現在、生徒会は、教育手段として規定されており、生徒たちの主体的な意思形成と表明の場としては、規定されていない。つまり、あくまでも、教師の始動の下に、民主主義ごっこをする場なのである。その点は、ヨーロッパとは全く異なる。ヨーロッパの多くの国では、生徒会は、学校運営に対して、一定の権限をもっており、学校運営組織に代表を送ることができる。そもそも、自分たちの生活の場の改善のために、権限をもって活動できない者が、政治に対して、適切な資質を培うことは困難である。社会的な活動はもちろんであるが、基本的には、自分の生活する場に対して、責任ある立場を認められていることが、政治的な主体として育つ上で、不可欠のことなのである。おそらく、文部科学省は、当分そこは変えないのではないだろうか。しかし、そこにこそ、政府や文部科学省の欺瞞性があることを、見逃すことはできない。

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