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zoom RSS 中教審審議まとめの検討1

<<   作成日時 : 2016/08/27 21:15   >>

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 今中教審が新しい学習指導要領のための議論をしている。そして、8月19日に審議のまとめを公表した。これまでの中教審は、時の政府の政治的意向を反映する、日本ではよくある、政策追認型の答申をだすだけの機関だといわれても仕方ないものだった。そして、その答申を反映して作成された、これまでの学習指導要領は、21世紀社会を展望しなければならない時期にはいっていた時点でも、21世紀に社会がどのようになるのかという見通しのないままに、学校で教える内容を決めてきた。現行と前の学習指導要領のための答申で「21世紀」という名称がつけていたにもかかわらずである。その反映として、現状維持的な政策が軸となっており、国際化や情報化をいいながら、日本の伝統文化を前面に押し出すような原則を土台にしていたのである。
 しかし、今回の中間まとめは、さすがに21世紀論を踏まえたものになっているし、またこれまでの教育では立ち行かなくなっている部分について、最大限のメスをいれようとしており、これまでの中教審の議論とはかなり異なっている感じを与える。。人工知能が大きく騒がれ、社会生活のあり方を大きく変えるといわれ、半数の職業は消えてしまうという議論すらある中で、単に「伝統文化」を重視していればよいという姿勢では無理だと判断したのだろうか。
 欧米は、実際の成果は別として、21世紀が知的水準の高さが、豊かな社会を維持していく上で不可欠であるという前提で、大きく教育改革に乗り出しており、そうした欧米での改革の動向ももちろん踏まえている。日本の政府もやっと重たい腰をあげたといえるのだろうか。しかし、それにもかかわらず、この中教審の審議のまとめには、21世紀を開くには致命的な弱点がある。
 第一は「批判的思考」という能力・資質を育てることを、全く無視していることである。21世紀の急激な社会の変化とか、技術革新の進展とは、今まで妥当していたことが、通用しなくなり、新しい状況が出現して、それをリードしていく必要があるという意味なのだから、批判的思考は絶対不可欠である。
 すべての教科に共通する資質・能力を示しているところで、次のように書いている。

A「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)
 そしてそこには、3つがあると以下のように書いている。
・物事のなかから問題を見いだし、その問題を定義し解決の方向性を決定し、解決方法を探して計画を立て、結果を予測しながら実行し、振り返って次の問題を発見・解決につなげていく過程
・精査した情報を基に自分の考えを形成し、文章や発話によって表現したり、目的や場面、状況等に応じて互いの考えを適切に伝え合い、多様な考えを理解したり、集団としての考えを形成したりしていく過程
・思いや考えを基に構想し、意味や価値を創造していく過程(以上26ページ)

 もちろん、ここに書かれていることに大きな異論はない。しかし、やはり、欠けたものがある。
 欧米の具体的な事例をふたつだけ紹介しよう。
 アメリカの教育団体、財界、行政などが協力して21世紀の教育を構想し、学校でその考えにそって実践もしている「21世紀の教育のパートナーシップ」という団体の核となる能力は以下のように整理されている。

 すべての生徒にアカデミックな教科の学習を基礎として重視している。批判的思考、問題解決、コミュニケーション、協力のような成功のための本質的なスキルを学ばなければならない。(P21Framework Definitions P21 partnaership for 21st century learning
p21)

 2032年を念頭にしたオランダの教育計画の文書では以下のようである。

 「核のカリキュラム」
−基礎の習熟 オランダ語と英語、数学、理科、デジタル、市民
−知識領域 人と社会、自然と技術、言語と文化。ここでは、学習習熟、創造性、批判的思想、問題解決等を自分でできることと、共同でできる。(Ons onderwijs2032 Eindadvies)

 つまり、「思考」には多くの場合「批判的」という修飾語がついているのである。これは単なる言葉の綾というレベルの問題ではない。社会が安定的な、変化の乏しい時代であれば、いくつかある考えのなかから、適切なものを選択し、それを実践してみて、次の課題を見いだすような循環もありうるだろう。しかし、激しい変化をともなっている時代では、前に存在していたものが、異質なものに、あるときには反対のものに置き換わっていくのである。それは自然に生じる変化ではなく、主体的に変革していく実践から生まれるのだが、その変革意識は、批判的思考から生じるのである。批判的思考をもっていない人間に、新しい社会を切り開いていくことなど絶対にできない。だから、欧米に限らず、未来を意識した教育改革のなかでは、かならず批判的思考力を育てることが重視されているのだ。しかし、中教審の中間報告には、そういう意図は感じられない。
 第二の弱点は、ICTを盛んに押し出している割りには、それに不可欠な教材編成のあり方を無視していることである。日本の教材の中心は教科書であり、検定によって文部科学省の厳重なチェックが課せられている。そして、一端決まると数年間は原則変わらない。しかし、3年経てば、重大な変化がある。
 本当に、激しい社会の変化に対応することのできる人材を育てる必要を感じているならば、そして、そこにICTを重要な教育手段と考えるならば、教科書検定制度は阻害要素でしかない。小学校に英語教科を導入する方針だが、マルチメディア時代に、検定教科書中心の英語教育の無意味さは明らかだ。
 マルチメディア機能を駆使した電子書籍を知る者には、検定教科書をタブレットで見れるようにしただけの「デジタル教科書」のお粗末さは明らかである。中教審は、21世紀を開く人材育成に絶対不可欠であるが、「権力に不都合な要素」は、全く無視している。新しい時代より、「今」なのだろうか。この点は、アクティブ・ラーニングなどと一緒に再度検討する。

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