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zoom RSS 浜名湖ボート転覆事故の校長の責任は問われるべきだ

<<   作成日時 : 2016/10/10 21:41   >>

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 10月8日の朝日新聞に、「校長の「不起訴不当」 検察審が議決 浜名湖ボート事故 /静岡県 」と題する記事が出ている。浜名湖で、2010年に、青年の家での体験訓練中に、手こぎボートが転覆し、豊橋市の中学一年生1名が死亡した事故があった。この事故は、私も大きな衝撃を受け、学校事故の話題のひとつとして、講義でも毎年取り扱っていた。
 豊橋は愛知県の東端なので、浜名湖で毎年一年生がボート訓練を行事として行っていた。この年は、天候が悪く、かなりの荒れ模様だったようで、特に海の沖合ははっきりと荒れていた。どうするか揉めたようだが、天気予報では荒れは大丈夫ということだったので、強行したといわれている。ところが、更に、通常ボートには青年の家の専門指導員が1名ずつ各ボートに乗って指導するのだが、一艘だけ人数が不足して、中学の教員2名だけが乗った。そのせいかは、私自身確認できていないが、その指導員のいないボートで気分が悪くなった(船酔いだろう)生徒がでたために、そこに乗っていた教師が、青年の家に連絡し、所長がモーターボートで引航したのだが、その途中で、ボートが転覆し、女子中学生一名が反転したボートから出られず溺死したわけである。しかも、あとでわかったことだが、その所長はモーターボートで引航する免許をもっていなかった。
 亡くなった生徒の両親を中心として、事実の究明を要求したが、責任転嫁のしあいで、不信感を高めた両親は、損害賠償訴訟を起こし、その後市が責任を認め、和解に至った。
 更に所長は、業務上過失致死罪で刑事責任が問われているが、(記事をチェックした限りでは、まだ判決には至っていないようだ。)所長は、公判で校長にも責任があるとの発言をしていたので、検察が校長を起訴するかどうかを検討した結果、不起訴にした。それに対する遺族が審査申立書を提出して、検察審査会が開かれ、「不起訴不当」という判断が出たわけである。これから、検察が再度起訴するかどうかを検討する。
 さて、この事故は、非常に多く、現在の学校教育の問題が含まれている。
 まず何より、かなり危険性を伴うボートでの訓練を、もちろん、強制ではないにしても、ほとんどが参加する形態の学校行事として、新入間もない一年生に対して行っているという点である。近年、こうした校外での集団学習が非常に強調され、保護者の多くは歓迎しているが、現場の教師にとっては、大きな負担となる場合も少なくない。特に宿泊を伴う場合には、様々なトラブルが起きうるし、こうした事故も少なくない。危険であるにもかかわらず、何度も実行しているうちに、引率側の気が緩むことも多いだろうし、こうした行事は、再考すべきであろう。
 第二に、なんといっても、天候が悪かったのに、強行した点である。大雨警報が出ていたという情報もあるのだから、ボートが危険であることは、誰でも感じただろう。引率教師たちも、だからこそ、詳細な天候情報を集めて、どうするか判断したわけである。
 そして、第三に、専門の指導員が欠けたボートが出たことである。この青年の家では、複数の団体が、こうした行事をしているために、指導員が不足してしまったのである。これは、青年の家と学校側の双方の計画が杜撰であったことを示している。
 第二と第三の事情を考慮すれば、やめるべきだったというのが、合理的な判断であろう。よく、山登りをするときに、少しでも不安要素があれば、途中下山する勇気が絶対必要だという言葉がある。これは、このときのボートにもあてはまるといえる。
 第四に、免許のない所長が、トラブルが起きているボートを引航するというのは、問題外であろう。
 結局、指導員が乗らなかったボートで死亡事故が起きたわけである。
 このような事故で、損害賠償責任を負うのは、国や地方公共団体だから、直接かかわった責任者が責任を問われることはないし、また、よほどのことがない限り、責任者が刑事責任を問われることもない。しかし、この事故では、所長が起訴された。無免許運転で人を死なせたわけだから、刑事責任を問われるのは、私は当然だと思う。
 問題は学校側だろう。
 検察は不起訴とし、検察審査会は不起訴は不当だと判断したわけだが、私は起訴すべきだと思う。
 参加は任意だとしても、こうした学校行事に参加しないことは、かなり難しい。事実上の強制参加であるといってもよい。参加までは任意だといっても、実際に参加し、天候が悪いから今日はやめてほしいと、生徒が思ったとしても、学校がやると決めた以上、その時点では、参加は強制というべきである。そういう中で、天候が悪いし、しかも、専門の指導員が欠けた状態である。本当は中止すべきだったのに、学校として強行した、このような結果として、死亡事故が起きたら、それはやはり、業務上過失致死罪で問われるべきだろう。もちろん、この事例が有罪であるかどうかを判断するには、私には材料が少ないので、なんともいえないが、これほどの重なった判断ミスでの死亡事故で、刑事責任を問われないのでは、最初から責任をもった運営をしなくてもいいといっているようなものではないだろうか。
 文部科学省は、一貫して校長の権限を拡大しようとしている。彼らは「権利には義務が伴う」と主張しているのだから、権限には「責任が伴う」とするべきである。
 日本の学校は、安易な全員主義が多すぎるというべきだ。危険な行為が、学校教育のなかにあってもいいと思うが、危険性について十分すぎるほどの説明と対策を行い、それを十分に理解した上で、あえてその危険な活動に参加する意志を強くもったものだけで行うようにすべきなのだ。全員でやれば、危険認識が高まるのが本当だろうが、実際には、人数が多くなり、毎年やる行事になって、安直になる傾向が強いのである。組み体操などに現れたような、やるかやらないか、というような硬直した発想から、早く解放されるべきだ。

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