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zoom RSS 「文芸春秋」3月号の安楽死特集について

<<   作成日時 : 2017/02/14 20:50   >>

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 「文藝春秋」(3月号)が安楽死の特集をやっているので、購入し、全部は読んでいないがざっと目を通してみた。正直、雑誌の姿勢にがっかりした。安楽死問題をきちんと議論したいとか、日本の政治家を中心として、きちんとこの問題に向かい合っていないなどと序文のような文で書いているにもかかわらず、この特集のあり方そのものが極めて安易で、安楽死問題を考える際の必要なことを無視している。
 そもそも、安楽死が日本で法的にまったく認められていないという言い方は、「100%正しい」とはいえない。「法」を「法律」レベルで考えればそうだが、判例も含めれば、最高裁判決は出ていないが、多くの安楽死裁判では、安楽死を「禁止」はしていない。実は、世界で初めて安楽死自体を非合法とはしない判決をだしたのは、日本の裁判所なのだ。山内事件といわれるものだが、父親に農薬を飲ませて安楽死させた息子の裁判で、有罪としながらも、違法性が阻却される要件を明示した判決をだしたのである。それ以来、安楽死裁判では、東海大事件も含めて、多くが違法性阻却事由を列挙している。そしてそれは、世界で初めて安楽死を合法化したオランダの基準と基本構造は同じなのである。今まで、日本で安楽死させた者が、すべて有罪となってきたのは、この条件を満たさなかったためであるといってよい。
 従って、安楽死賛成か、反対か、尊厳死ならいいか、などというアンケートは、無意味とはいわないが、安楽死を認めるのか否かということを突き詰めていくための議論としては、ほとんど役にたたないのである。

 では、何を考える必要があるのか。
1 裁判では違法性阻却事由が示されているにもかかわらず、何故医師は、それを守らずに安楽死を実行するのか。私は医師ではないので、正確なことはわからないが、いくつか考えられる理由は、・医者の養成課程で、法的な問題が十分教育されておらず、「法的な関係のなかで医療が成り立っている」ということが、十分に把握されていない。・患者の家族の意思を受けて実行しているので、十分だと考えている。病室は密室なので、外部にはもれないと思っている、等々。
 もちろん、個々人の考えがいろいろあるだろうが、日本的心情もあるかも知れない。家族や本人の要請で行うといっても、本人の文書で確認することができれば、状況が全く違うにもかかわらず、そうした確認をしていない。本人の意思確認、それを証拠として残す、等々がもっと医療の現場で重視されることが必要であるが、そのための医学教育に、法律、社会学等の内容を含めていく必要があるだろう。

2 安楽死の支持が高いオランダと、疑問の高いアメリカを比較すると、ふたつの点で大きな相違がある。ひとつは宗教的な考えが行動に及ぼす面と、医療費の問題である。
 オランダはかなり世俗的な国家であり、個人の行動は左右しても、宗教的な考えで社会システムを考える風潮は低いと感じる。それに対して、アメリカでは中絶問題をとっても、宗教的な判断が先進国のなかで際立った高いように感じる。生命は神が与えたものという意識が強ければ、当然安楽死を容認しないだろう。
 次に医療制度と医療費の問題である。福祉国家であるオランダでは、まったく医療費がかからないわけではないが、その負担は極めて軽いし、医療費を心配して治療を受けないという発想になる余地が小さい。それに対して、アメリカはきちんとした皆保険がない国家だから、「治療費で家族に迷惑をかけるから安楽死を選択する」という危険があるから、容認できない、という発想が出てくる余地がある。
 日本は、宗教的意識では、オランダに近いと思われるが、医療システムでは、オランダとアメリカの中間のような気がする。ということは、やはり、「医療費が安楽死を選択する」と感じさせないたけの医療費のレベルがに善される必要があるのである。

3 安楽死を合法化するには、やはり、制度と個人の選択とを区別できる意識、あるいは、区別されているのだということを明確にする工夫が必要である。
 非常に印象的に残っているのだが、オランダの安楽死のドキュメンタリーが日本のテレビで放映されたことがある。ALS患者が発病してから、安楽死を希望し、様々な手続きをへて、実際に安楽死する場面までが映し出された。その番組はかなりの反響を呼んだのだが、そのなかで、ALS患者の会の抗議があったそうだ。それは、「自分たちに安楽死せよというのか」という受け取りをしたからであったという。しかし、この番組がそんな主張をしているわけではない。必要悪というべきことを認めることが、そのことを奨励することとは全く違うというようなことは、他にもいくつもある。キリスト教国家では、かなり最近まで「離婚」を法的に認めなかったが、現在は認めている。しかし、それは離婚を勧めているわけではない。どうしても離婚しないと不幸になる夫婦に、婚姻の解消を認めるだけで、価値観としては、長く幸せに夫婦を続けられることを推奨しているわけである。
 個人とシステムの区分という感性は、日本人にはなかなか難しいことのように感じられるが、これは、学校教育における集団の扱いから始まることなのかも知れない。集団としてのまとまりと、個人の自立的精神とを双方を育てる教育に変えていく必要があるだろう。

4 安楽死の合法化とは何かという議論が、実はこの特集を含めて、あまり議論されていないのではないだろうか。その前の段階だというかも知れないが。
 安楽死の合法化というのは、様々な条件をクリアして行われた安楽死事例で、それを実行した医師が殺人罪で問われることがないという意味である。だから、安楽死で死ぬ本人の問題ではなく、それを実行する人の問題なのである。にもかかわらず、この特集のように、自分は安楽死を望むか、いいと思うかというような意見では、議論の本題にまだ遠いのである。
 これまで日本の判例で、安楽死の違法性阻却事由の要件は、本人の明確な意思(本人の意思が確認できない場合には、家族でもよいとする場合もある)、苦痛が伴う、不治の病であること、方法が苦痛でないこと、医師によることなどであろう。こうしたことの具体的かつ明確な手続き等を規定していくことが必要である。もっとも、判例においては、ほぼ明確になっているので、医師が家族の安易な要求にこたえるのではなく、明確な本人の文書等で残る形の「証拠」をそろえ、チームの医師看護士の一致した見解に基づいて実施することが積み重なった場合だけ、合理的な制度となっていくと思われる。

5 安楽死を利用した犯罪が起きないような歯止めの議論も必要である。
 安楽死先進国であるオランダでも、犯罪的安楽死はおきている。私が知っている例では、資産家である老婦人に、遺産を自分に残すような遺言を書かせたあとで、安楽死意思を示す文書も捏造して安楽死させ、遺産をとろうとした事例があった。当然逮捕されたのだが、ここまで悪質ではなくても、様々な犯罪が起きる可能性がある。

 「文藝春秋」のアンケートを読んで、非常な違和感を感じる文章がいくつかあった。上野千鶴子などがそうだが、誕生も死も自然な現象なのだから、自然に任せるべきで、自ら安楽死することなど認めるべきでないというのであるが、安楽死という「要望」が少なからず出てくるのは、「死」が自然ではなくなったからである。医療の進歩で寿命がのびたことは非常にいいことであるが、そのなかで、苦痛を伴い、既に生命を終焉させてもよい、あるいは、それを強く望むにもかかわらず、医療がそれを許さないという、自然とはいいがたい現象が生じているわけである。もし、本当に自然に任せるのならば、もっと多くの人が、もっと早い時期に死に至るだろう。そうした現象を無視して、「自然に任せる」という議論ですませるわけにはいかない時代になっているのである。
 私は基本的に、安楽死を合法化することに賛成であるが、その究極的な意味は、苦痛にさいなまれることなる死ぬことができるということは、最終的にいえることだが、本当に重要なことは、そこに至るまでの「残された人生を積極的に生きることを可能にする」という点にある。実はオランダで圧倒的に支持されているのも、その点なのである。QOLの問題なのである。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
まったく同感です。なぜ日本では(積極的)安楽死の要件を示した判決があることが認識されていないのか、納得がいきません。
(積極的)安楽死まで考えられないとしても、日本では一応インフォームドコンセントが医療の前提となっている。インフォームドコンセントが守られているのなら、どの治療行為にも患者の同意が必要。どのような治療行為でも患者は拒否する権利がある。それなら少なくとも、延命措置の拒否なら問題ないはずなのに。
あかね
2017/02/16 22:48
コメントありがとうございます。
判決の認識がないのは、国民にとっては、メディアが安楽死関連の報道をするときに、そのことに触れないからでしょうが、メディアがなぜ報道しないかは、勉強不足なのではないでしょうか。
wakei
2017/02/19 07:41

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