NHKの「地球でイチバン子どもにやさしい教育」というオランダの教育を描いた番組をみた。オランダの教育が注目されることはいいことだと思うが、この番組の内容には首を傾げざるをえなかった。外国の社会や制度を見るのは本当に難しい。 番組はジャガー横田親子が、オランダの学校に体験入学するという設定で、その間にオランダの教育についていろいろと知り、本人と他のゲストがスタジオにいて、いろいろと話し合うという形式のものだった。そして、オランダ教育に詳しいというオランダ大使館勤務のオランダ人もゲストとして出演していた。 簡単に要約すると、オランダでは、子どもが学校を選ぶことができ、学ぶことも自分で決めることができる。そして、自分で責任を負える能力を形成することがめざされているというのだ。いじめなどについても、みなの前で訴え、一緒に討論して解決する。異質なものも排除しない。移民の子どもで、言葉がわからなくていじめられた生徒に対して、小さな子どもの勉強をみさせることで、逆に言葉を修得させ、やがてみんなに受け入れられるようになった、等々の話が紹介される。 また、オランダの成功した改革と言われるワークシェアリングのおかげで、家族一緒に過ごす時間がたっぷりとられ、それがオランダの子どもの幸福の要因のひとつとなっている。 自分で学ぶ内容を選ぶということで、楽をするようなことはないのか、ということに対して、小学校でも留年があるのだが、自分で留年する子どももいて、全くコンプレックスを抱くこともない。こうした個に応じた教育は、1968年の改革以来のもので、それまではオランダでも一斉授業を行っていた。 こんなことが映像とともに流されており、ゲストの人たちも多いに感心し、納得していた。 このような側面があることは、事実である。私もオランダの教育を少しずつ勉強してきたので、こうした事実は知っている。しかし、これは、オランダ教育全体ではない。そもそも、オランダの教育の最大の特質は、「オランダに百の学校があれば、百の教育がある」と言われるように、オランダの教育は、学校ごとに大きく異なる点にあることは、常識である。オランダ教育が「自由」なのではなく、オランダの「教育制度」が自由なのである。だから、そんなに自由ではない教育もあるし、厳格な躾け型の教育だって、今でもある。そして、一斉授業をやっている学校だっていくらでもある。 こうした番組の大きな弊害は、オランダの教育がまるで「楽園、パラダイス」のようなものだと描いていることにある。そもそも楽園の教育などありえないのだ。教育とは、「今を生きる」だけではなく、「将来のための準備」でもあるのだから、かなり我慢して学ぶ必要があることもあるし、そして、そこには少なからぬストレスがあるのだ。オランダでもそれは例外ではない。オランダの学校は、日本と同じようにかなりのストレスがあるのだ。12歳で将来につながる学校を選択しなければならないというのが、ストレスでないはずがない。かつては最終学年だけで行われていた全国学力テスト(CITOテストという)だが、今は幼稚園段階は別として、全学年であるし、その成績は、学校、個人等様々な段階での分析・開示があり、関係者が関係対象についてアクセスできるように、インターネット上にデータが蓄積されている。つまり、個々人の学力が、データとして関係者に開示されている。そして、学校の成績はインターネット上で公表されている。こうした体制が、教師や生徒にストレスを生まないわけがない。 このテストの最終学年の成績を中心として、明確に格差のある上級学校を、12歳で選択して進学することになる。一番優秀な学校の種類、大学に接続しているVWOという学校を選択すると、毎日4〜5時間程度の家庭学習をしないとついていけないと言われている。オランダの市立図書館にいくと、VWOの勉強のための参考図書やメディアがたくさんある。私がオランダに滞在していたころ、VWOで卒業試験での不正があったことが報じられたことがある。できの悪い兄のために、弟が替え玉受験をしたのだ。当然二人とも退学処分になった。こんなことが起きるのは、生徒の間に卒業試験への不安があるためである。卒業試験は、日本の入学試験に相当するものだから、日本の受験生と同じストレスをオランダの高校生だって抱えているのだ。しかも、落第があるから、ついていけなければ落第して、エリート学校であるVWOからひとつ下のランクの学校に移らなければならない。 実は、私はNHKのオランダ教育の紹介番組の解説者として、昨年出たことがある。出番はごく短いものだったが、この番組のための打ち合わせ段階で、ずいぶんと担当者と議論をした。私には、オランダで取材してきた内容に疑問があったからだ。もちろん、製作しているNHKの(協力している別会社だったが)人たちは熱心に取り組んでいて、その点はまったく疑問がなかったのだが。 その疑問を簡単に書くと、ある白人のオランダ人家族が、値段が安いという理由で、移民が多い地区に家を購入して、そこの学校に入った。しかし、上級生の移民の子どもに激しいいじめ(恐喝的)を受け、親に告げ口するなと言われていたので一人悩んでいた。2年後親が気づき、学校に訴え、話し合いを何度もした。家族でも話し合った。これは、話し合いを重視する学校や家庭の姿勢が現れたものだ、というような主張をもった番組だった。 何に疑問だったかというと、映像と主張に食い違いがあるといわざるをえない点だった。それは、家族で話し合いをする習慣があるから、いじめを克服できたかのような「つくり」なのだが、それならば、何故2年間もわからなかったのか。いくら子どもが黙っていろということで何もいわなかったとしても、2年間も親が気づかなかったというのは、おかしいではないか。これでは話し合いの効果も疑問ではないかということ。そして、学校でもクラスで話し合いがもたれたから、子どもが学校に再び溶け込むことができた、というのだが、そもそもいじめがなくなったのは、その上級生が卒業してしまったからであり、加害者が反省して、いじめをやめたからではないようだ。加害者がいなくなったから、その被害者は安心できたに過ぎない。これでは、学校の指導力に肯定的にはなれない。私はそのように考えたので、意見を相当調整せざるをえなかったのである。 すばらしい状況があることは事実だが、それは常にプラスに働いているわけでもない。 番組ではユニセフの幸福度調査の紹介で、オランダの子どもが、自分で幸福だと感じる度合いが世界一である、というような言い方をしていたが、それは、私がユニセフ調査を読んだ限りでは、正確ではない。ユニセフ調査は、子どもの主観的な数値ではなく、教育、経済、家族、等々のいくつかの指標をもとに、数値化して出したもので、オランダはすべての項目で上位であったが、中でも一番であった項目、「自己選択ができる」という項目の点数が高かったので、幸福度一位となったわけである。これをみればわかるように、子ども自身の感覚ではなく、大人の基準によって評価したものなのだ。 もちろん、この調査は意味があるし、オランダの子どもの幸福度を一位としたことにもまた、賛成である。しかし、それは、毎日毎日幸せだなあ、と感じながら生活しているなどという話ではなく、諸条件がよければ、幸福なはずだというレベルでの話であることは、誤解してはならないと思う。 |
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どんな国の教育でも完璧なわけはないのは当たり前ですが、「そんな中でも、オランダの教育が今世界でトップクラスである」という話でしょう。 |
さくさく 2014/02/27 20:23 |
さくさくさん、コメントありがとうございます。 |
wakei 2014/02/27 21:12 |
ここで紹介しているNHKの番組は、いずれもリヒテルズ直子というオランダ在住の日本人の推薦によって学校がえらばれ、また基本的筋道のようなものが設定されています。リヒテルズ直子氏のオランダ教育の紹介と日本教育の批判は、私から見れば極めて極端で、オランダ教育をすばらしいと見る観点から、日本の教育を断罪するような側面が強いものです。 |
wakei (つづき) 2014/02/27 21:13 |
私は直接こちらの番組を見たわけではなくオランダの教育制度についてよいと聞いて調べていました。 |
JRN 2016/02/26 22:37 |
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